第72話 妖怪制作③ ~泥田坊~ 後編
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泥にまみれた彼女の姿を見下ろしながら、そっと手を伸ばす。
まとわりついた『余計なもの』を取り除き、その肌に、泥を丁寧に塗り広げていく。
まるで、汚れを落とすのではなく、『新しい役割』を与えるために、泥で塗り替えていくように。
泥遊びを楽しむような手つきで、『システム』のデータを呼び出し、編集していく。
彼女の体、彼女たちの想い、生存の残滓、そしてその他の『素材』。
それらすべてを、泥が吸い込み、混ざり合い、一匹の『妖怪』として形を成していく。
もう慣れた作業だ。
けれど、今回は少しだけ、手が止まった。
泥の塊は、ぐつぐつと泡を立てながら形を変えていく。
やがて、巨大なウシガエルのような輪郭を持ち始めた。
『彼女の農夫』たちは、泥の中からずるりと這い出し、その身体を腕の形に引き裂かれ、ねじられ、繋ぎ合わされていく。
生まれたままの彼女は、泥に沈んだ姿で再構築される。
その瞳だけが、泥の奥でかすかに光を宿していた。
変換は静かに、しかし確実に進んでいく。
まるで、誰かの記憶をなぞるように。
まるで、誰かの祈りを裏返すように。
◇完成披露◇
「思い付きだったけど・・・意外とかわいくないか?」
形になって伏せるウシガエルを指し示して、カルマが振り返る。
「うん。かわいいっ!」
河童のみどりがはしゃいだ声を出す。
「か、かわいい・・・?」
ウシガエルの異様に吞まれたように身構えて、しらゆきは目を見開いている。
「・・・泥は・・・」
下半身がなくて、這うしかないひろは近づくこともできずにいる。
「土臭い――」
元がお嬢様のまといは鼻にしわを寄せていた。
「・・・どろ、ね」
生まれたばかりの『泥田坊』が身を起こした。
裸体だが、全身の泥のおかげで肌の露出はない。
起伏のラインははっきり見えるにしても。
ウシガエルの背中。
泥の腕たちが、彼女の背後でざわめく。
それは、かつて隣にいた者たちの残滓。
泥田坊が、わずかにうつむく。
笑い合った、支え合った、戦った——でも、助けられなかった。
泥に沈んだその瞬間、彼女は叫ばなかった。
叫べなかった。
声を出せば、喉まで泥が流れ込んでしまう気がしたから。
『人ならざるもの』に、自分がなってしまったとき。
彼女は泣かなかった。
泣けなかった。
涙は泥に混ざって、誰のものかもわからなくなるから。
今、彼女の背に伸びる腕たちは、「助けて」と言っているのか、「許して」と言っているのか、それとも「一緒に堕ちよう」と囁いているのか——わからない。
でも彼女は、片膝を立てて座っている。
まだ立ち上がるつもりでいる。
カルマに手下として使われようとしていても、その膝はまだ、『自分の意志』のために曲げられている。
彼女の目は、濁っていない。
月明かりに照らされて、はっきりと『怒り』と『悲しみ』を映している。
それは、仲間たちの腕が彼女を引きずり込もうとする泥の中で唯一、空を見ている目だ。
泥は記憶の海だった。
彼女はその中で、祈りを抱えて座っていた。
彼女の膝は空を向いていた。
それは、まだ終わっていないという意思だった。
その膝は、まだ誰かを支えるために曲げられていた。
泥の中でも、彼女は誰かのために立とうとしていた。
「名前は変えないでおこう。ぴったりすぎる名前だから」
カルマは言った。
「ただし、美水穂はひらがなにする」
美しい水は、もう彼女の中にはない。
でも、みずほという響きだけは、泥の中でも残っていた
『稲田みずほ』。
それが、新たに生まれた泥田坊という妖怪の名前だ。
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