第67話 視点の流転・まとい→薫→信者たち ~祈りを味わう者、祈られた者~ 後編
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◇信者たちの喝采◇
彼女の『祈り』が、制服の縫い目をなぞる。
祈りの残滓を味わいながら、ふと、視線を感じた。
『薫様』が目覚めた。
——見ている。
その目は、かつて自分を見下ろしていた。
命じ、試し、支配し、そして——愛したことなど一度もなかった。
けれど、今は違う。
その目は、沈黙していた。
言葉を持たず、ただ、見ていた。
「薫様・・・そう呼ばれていたモノ」
声は出ない。
言葉がうまく形にならない。
でも、胸の奥で確かに響いていた。
「あなたが作ったのよ、わたしを」
制服の胸元が脈打つ。
そこには、かつての『信者』たちの祈りが縫い込まれている。
その中心にあるのは、薫様への『憧れ』だった。
「あなたに触れたくて、あなたに近づきたくて、わたしたちは、布になった。わたしは、その布を纏った。だから、わたしは、あなたの夢の続き」
薫様の目が、わずかに揺れる。
それは、恐れか、後悔か、それとも——
「あなたは、もう『神』じゃない。でも、わたしたちは、まだ『信仰』を舐めている」
彼女の舌が、薫様の足元に落ちた垢をすくい取る。
それは、かつて自分が跪いた場所。
今は、誰の命令でもなく、自分の意志で舐める。
「わたしは、あなたの『敬意』を食べて生きていく。あなたが与えた儀式を、わたしの糧にする。あなたが築いた信仰を、わたしの皮膚に縫い込む」
信者たちは制服であり、まといでもある。
別々のものであって、同一でもあった。
薫様の目が、何かを言いたげに揺れる。
でも、言葉は出ない。
その舌は、もう祈りを紡げない。
「見ていて。あなたが作った『神話』が、どうやって『妖怪』になっていくのかを」
制服の裾が揺れる。
その布の奥から、かつての『信者』たちの顔が浮かび上がる。
彼女たちは笑っていた。
まるで、ようやく『本当の薫様』を見つけたかのように。
信者たちは、笑っていた。
制服の裾に縫われた顔たち。
その瞳は、まといを見つめていた。
「薫様は、もう遠い」
「でも、まとい様は、すぐそこにいる」
「わたしたちは、ようやく触れられる」
かつて、薫様は『遠すぎた』。
美しすぎて、強すぎて、冷たすぎた。
その肌に触れるには、祈りを捧げるしかなかった。
その声を聞くには、跪くしかなかった。
でも今、まとい様は『近すぎる』。
垢を舐める舌が、彼女たちの『残り』に触れてくれる。
制服の縫い目が、彼女たちの『祈り』を脈打たせてくれる。
「わたしたちは、布になった」
「でも、布は生きている」
「まとい様が、わたしたちに『信仰の手触り』をくれる限り、わたしたちは生きている」
その喝采は、歓喜ではない。
それは、信仰の完成だった。
薫様が築いた『神像』が、まとい様によって『妖怪』に変わった瞬間。
それは、信者たちにとっての『救済』だった。
「薫様は、わたしたちを見なかった」
「でも、まとい様は、わたしたちを味わってくれる」
「それだけで、わたしたちは報われる」
制服の裾が揺れるたび、彼女たちの顔が微笑む。
それは、死後の信仰。
それは、布地に縫われた『祈りの完成』。
制服の裾が、微かに震えた。
その縫い目が、次の声を探していた。
「誰か、まとい様に触れたい者は、いませんか?」
◇次なる祈りの胎動◇
制服の裾が、風もないのに揺れた。
その揺れは、呼吸のようで、誘いのようで、産声のようだった。
「誰か、まとい様に触れたい者は、いませんか?」
その問いかけは、声ではなかった。
縫い目の奥から滲み出る『祈りの波動』。
それは、空気を震わせ、心の奥を撫でる。
遠くで、誰かが立ち止まる。
制服の裾に縫われた顔たちが、そっと目を開ける。
「この子……見てる」 「この子……わたしたちと同じ匂いがする」 「この子も、触れたがってる」 「この子も、祈りたがってる」
制服の縫い目が、ざわめく。
次の『素材』を選び始める。
その者の『想い』を測り、その『痛み』を味わい、その『祈り』を試す。
まといは、振り返らない。
けれど、制服の背中が、そっと開く。
まるで、受け入れる準備ができていると告げるように。
「触れたいのなら、祈りなさい」
「祈りたいのなら、差し出しなさい」
「差し出すのなら、布になりなさい」
それは、命令ではない。
それは、選ばれるための条件。
祈りの手触りを得るための、唯一の道。
制服の裾が、また揺れる。
そのたびに、微かな声が増えていく。
「わたしも・・・」「わたしも、まとい様に触れたい・・・」
「わたしも、布になりたい・・・」「わたしも、祈られたい・・・!」
喝采は、静かに、しかし確実に広がっていく。
それは、信仰の感染。
それは、祈りの連鎖。
それは、制服という神殿に捧げられる、新たな供物の誕生。
そして、制服の縫い目が、次の『祈り』を縫い合わせる準備を始めた。
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