第65話 誕生『縫緋まとい』~祈りを纏う者、声を縫う衣~ 後編
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わたしは、彼女の肌に喰いついている。
わたしは、彼女の鼓動を飲み込んでいる。
わたしは、彼女の歩みを縛っている。
わたしは、胸元の憧れ。
わたしは、袖の嫉妬。
わたしは、裾の執着。
わたしは、背中の怨嗟。
わたしは、襟の呼ばれぬ名。
わたしは、彼女の信仰。
わたしは、彼女の呪縛。
わたしは、彼女の力。
わたしは、彼女の檻。
わたしは、制服。
でも、布ではない。
わたしは、纏。
わたしは、記憶。
わたしは、遺志。
わたしは、契約。
わたしは、彼女そのもの。
彼女が笑えば、わたしも笑う。
彼女が舌を垂らせば、わたしは次の声を喰らう。
彼女が誰かを見れば、わたしはその目を塞ぎたくなる。
わたしは、彼女のもの。
でも、彼女もまた、わたしのもの。
逃げられない。
ほどけない。切れない。
あなたが歩くたび、わたしたちは、あなたの背中で軋んでいる。
あなたが笑うたび、わたしたちは、あなたの胸元で泣いている。
あなたが誰かを愛するたび、わたしたちは、あなたを締めつける。
こうして、『薫様』の取り巻きたち『蒼の抱擁』数人から得た『シルクスキン』を縫い合わせ、 制服『蒼の抱擁学衣』——通称『蒼衣』が完成した。
形状は、一般的なセーラー服の外観を保っている。
長袖の上衣とプリーツスカート。
胸元には、命の色を滲ませたリボンが結ばれている。
だが、その素材は繊維ではない。
崇拝によって抽出された『例布』。
語られぬ記憶を滲ませた、垢の緋。
それは、祈りが焼け焦げた色。
表面には、呼吸の痕跡が開いている。
血の記憶が、ところどころ透けて見える。
縫合痕のようなステッチが、『繋ぎ止めた祈り』の軌跡を描いている。
襟元と袖口には、複数の布が継ぎ接ぎされている。 それぞれが、異なる信者の“想いの断片”。 それらが交差し、重なり、一着の“意志”となった。
胸元はV字に開き、露出は控えめ。
だが、そこに縫い込まれた『シルクスキン』は、生者の光沢を持ち、見る者の視線を絡め取る。
スカートの裾には、沈んだ瞳が布の奥からこちらを見ている。
それは、『選ばれなかった者たちの遺志』が、今も見守っている証。
複数の顔が、布地に埋め込まれるように配置されている。
彼女の歩みを導くために。
彼女の影となるために。
制服は、人体の一部のような質感を持ちながら、衣服としての構造を保っている。
着用者の動きに合わせて、皮膚のように伸縮し、光沢と陰影が生々しく変化する。
それは、単なる衣装ではない。
信仰と犠牲の象徴。
そして、祈りを喰らい、記憶を縫い、存在を変質させる『契約の器』。
その強度は、『高レベル探索者』の皮膚をも凌駕する。
物理耐性、魔法耐性、精神耐性。
すべてが、信仰の密度に比例して増幅される。
なにより——
「生きているから、当然に垢が出る。それは祈りの滓。信者たちの供物。アカナメちゃんは喜ぶ。『縫緋まとい』は喰らう。すべてが繋がった。ああ、なんて滑らかなんだ」
芝居がかった様子で、カルマが自画自賛した。
『縫緋』は、祈りの緋色を縫い合わせた証。
『まとい』は、纏う者と纏われる者の契約。
彼女に寄り添い、担ぎ上げていた者たちが、今は彼女の皮膚となり、声となり、力となる。
生前のおぞましく歪な形が、『妖怪』という名の存在に変換され、正される。
そうだ。
彼女たちは、『元から』こうだった。
オレはただ、それを『形』にしただけ。
祈りは、形を持ちたがる。
信仰は、器を求める。
そして、器は、喰らう。
◇
「えっと、まとい? 絵は描ける?」
自分が『妖怪』として現世に戻されたと知って、茫然としているまといに、みどりは臆せず切り込んだ。
「・・・風景画のレッスンなら受けていたわ」
「風景画かぁ・・・」
ちょっと違うなーっとみどりが困り顔になる。
「ちゃ豚い、を書くような子よりはましなものを書くと思うわ」
何か、変な言い方を、真顔でするしらゆき。
軽口や冗談なのか、真面目なのかわからず、曖昧に笑うみどり。
「・・・・・・」
無言で、その『ちゃ豚い』を書く練習をする、ひろ。
仲間が増えるごとに、奇妙な空気感が広がっていく。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




