第51話 妖怪制作① ~雪女~ 後編
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◆友梨(雪女変貌中)視点◆
長いようで、短かった。
あなたがいなくなってから、私は雪になった。
冷たくて、静かで、誰にも触れられない存在に。
でもね、あなたはずっとここにいるのね。
この小さな虫の姿で、私の腰にぶら下がって、 何も言わず、何も求めず、ただ震えている。
たまに、羽音が震えるたび、まるで『やめてくれ』と囁いているようで、 私の胸は、ひどくあたたかくなる。
誰かが私に優しくすると、あなたは羽ばたく。
まるで嫉妬してるみたいに。
でも私は、それが嬉しい。
だって、あなたがまだ私を見てくれてる気がしたから。
私の醜い嫉妬心を、あなたが背負ってくれている気がする。
だから私は、あなたを許さないことで、自分を許しているの。
誰にも心を許さず、誰にも笑わず。
私はただ、あなたの沈黙に寄り添っていたい。
だから、今日。
雪が降る。
あなたの羽音が、聞こえる限りずっと。
・・・もう、戻れない。
あなたは、随分無口になったのね。
あんなに、暑苦しく愛を囁いていた人なのに。
ああだけど、それは私にだけではなかった。
でも、ありがとう。
私を雪にしてくれて。
私を、あなたの冬にしてくれて。
こんにちは、雪虫。
初めまして、私の冬。
あれは・・・そう。
春の日、あなたが窓辺で寝ていた。
陽の光が髪に差して、まるで夢の中みたいだった。
私は、ただ見ていただけ。
声をかける勇気もなくて。
でも、あなたが目を覚まして、笑ってくれた。
「お姫様の視線には、キスと同じくらい素敵な効果があるんだね」
そう言って笑ったあなたの唇を、私は今でも覚えてる。
だから、たまに夢を見るの。
あなたの唇が、雪虫の羽に変わって、私の頬を撫でる夢を。
でも・・・その春は、もう来ない。
あの日、あなたがいなくなって、私は雪になった。
誰にも触れられないように。
誰にも奪われないように。
・・・でもね。
この指先が、まだあなたの温もりを覚えてる。
だから私、まだ人間だった頃の夢を見てしまうの。
春の匂い。教室のざわめき。あなたの声。
全部、雪の下に埋めたはずなのに。
・・・ねえ、もしもう一度春が来たら、私は、あなたに名前を呼ばれたい。
雪じゃなくて——私自身の名前で。
でも、あなたがそれを口にした瞬間、私はきっと、あなたを凍らせてしまう。
それでもいいよね?
だって、あなたと一緒に、永遠に冬でいられる。
◆
「春はもう来ないけどね」
そう言ったとき、彼女の瞳がほんの少しだけ揺れた。
でも、すぐに凍りついた。
まるで、その言葉すらも、彼女の中で『雪』に変わったように。
キレイなモノローグで美化するのは自由だが、現実を見てほしい。
妖怪に、それもモンスターに作り替えられた。
新しい自分っていう現実を。
「・・・でも、雪の中で夢を見るのは、悪くないだろ?」
そう続けた自分の声が、やけに明るく響いた。
まるで、プレゼントを渡すみたいに。
まるで、彼女の『夢』を許してあげたみたいに。
「・・・はい。マスター」
楚々とした仕草で膝を折って、首を垂れる『雪女』。
「よろしくな!」
その言葉に、彼女は静かに膝を折った。
まるで、舞台の幕が上がる前の、主役の礼のように。
でも、彼女の背中には、逃げ道がなかった。
それでも、カルマは笑っていた。
まるで、友達ができた子どものように。
◆沢辺みどり視点◆
氷の気配が、空気を変えた。
霧のような白が、指揮所の隅にまで染み込んでくる。
私は、ただ見ていた。
カルマが、彼女を『作る』ところを。
——雪女。
氷室しらゆき。
百合根先輩。
制服の裾が揺れて、霜の花が咲いたとき、私は、少しだけ、息を呑んだ。
綺麗だった。
儚くて、静かで、完璧だった。
でも、同時に思った。
私よりも、ずっと『完成されてる』って。
カルマの声が聞こえた。
「春はもう来ないけどね」「・・・でも、雪の中で夢を見るのは、悪くないだろ?」
その言葉に、彼女は膝を折って、首を垂れた。
まるで、最初からそうするように決まっていたみたいに。
「よろしくな!」
カルマが笑った。
あのとき、私に言ってくれたのと同じ笑顔で。
でも、なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ冷たくなった。
私は、制服の袖を握った。
赤いリボンが、少しだけ震えた。
——私も、あんな風に見えていたのかな。
——あのときの私も、あんな風に膝を折って、笑っていたのかな。
でも、彼女の瞳を見たとき、私は少しだけ安心した。
彼女もまた、夢を見ている。
私と同じように 、『もう戻れない』場所から、それでも誰かの名前を呼びたがっている。
「・・・仲間だね」
私は、そっと呟いた。
それは、祝福でも、哀れみでもない。
ただ、同じ制服を着る者としての、静かな共犯の誓いだった。
「・・・校章のデザイン、してくれるかな?」
頭は良さそうだけど、服のデザインとかは無縁そうだ。
ちょっとがっかり——。
でも、一応言ってみる。
カルマが別のことを始めた。
私たちは置き去りになる。
制服の袖をつまんで彼女を引き寄せた。
デザイン依頼を持ちかけてみる。
しらゆきは、少しだけ首を傾けた。
その仕草は、まるで風に揺れる雪の枝のように静かで、儚かった。
「・・・校章、ですか?」
『人間』だった時と同じ、丁寧で温度のない言葉が返ってきた。
「うん。制服の胸元につけるやつ。『私たちの学校』の、印みたいなもの」
しらゆきは、しばらく黙っていた。
その沈黙が、まるで雪の降る音のように、静かに降り積もる。
「・・・わかりません。でも、考えてみます。『私たちの』もの、ですから」
みどりは、ちょっとだけ口を尖らせた。
やっぱり、そういうのは苦手かぁ・・・。
でも、 「『私たちの』って言ったね」その言葉だけで、少しだけ、心があたたかくなった。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




