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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第46話 学園祭を待ちわびる影 ~旧校舎の『ナニカ』、祭りを夢見る~後編

2/3

 


 足音は、迷いなく二階の奥へと進んでいく。

 その足音の上に、うっすらと影が差していた。

 まるで、音そのものに形が宿ったかのように。


『ナニカ』は、その影を追い、旧家庭科室の前で立ち止まる。

 扉には、かすれた文字で「家庭科室」と書かれていた。

 その下に、誰かの落書きが、今も薄く残っている。


 ――ギィ……


 扉をそっと開けると、中は薄暗く、埃の匂いが漂っていた。


 だが、その静寂の中に――音があった。


 カタ……カタ……カタ……


 足踏み式のミシンが、ゆっくりと動いている。

 誰もいないはずの教室で、ひとつだけ、古びたミシンが、まるで時を巻き戻すように動いていた。


 その音に重なるように、『誰か』が『誰か』のために縫物をしていた記憶が、空間にこだまする。


 針が布を貫く音。

 糸が引き締まる音。

 そして、微かに聞こえる、鼻歌のようなもの。


 それは、誰かを想う、優しい時間の残響。

 けれど、その優しさの奥に、言葉にできなかった『さよなら』が縫い込まれていた。


『ナニカ』は、ミシンの前に立つ。

 針は、今も上下に動いている。

 けれど、布はない。

 縫われているのは――空気。

 記憶。想い。


 ◇


 二階の踊り場。

 西側の窓から、夕陽が差し込んでいた。


『ナニカ』は、ふと立ち止まる。

 階段の手すりに、小さな彫り傷があった。


「K+M」

 それは、誰かが刻んだ、ほんの一瞬の勇気だった。

 廊下の隅には、落書きのような文字が残っていた。


「放課後、あの場所で」


 その『あの場所』が、どこだったのかは、もう誰にもわからない。

 でも、校舎の空気は、その言葉をまだ覚えていた。


 足音は、しっかりとした歩調で、戻り始めた。


 ◇


 一階に戻る。

 体育館の扉は重い。


 でも、開けた瞬間、

 木の床が、誰かの足音を思い出した。


「バスケ部の幽霊が、夜に練習している」

 そんな噂が、体育倉庫の奥に貼られた紙に、手書きで残っていた。


「必ずボールを一つ、片付けずに残しておくこと」

 バスケ部部長の名で注意書きがされていた。

 名前を知らない先輩のための気づかいだろうか。


 校舎の隅々に、怪談と記憶、そして『やさしさ』が、静かに眠っていた。

 それは、かつて誰かが怖がりながらも、ちょっとだけ楽しみにしていた『話』だった。


 足音は、その場を足早に通り過ぎた。

『ここは、足音と関係がない』ようだ。


 ◇


 体育館の裏手。


『ナニカ』が近づくと、壁に寄り添うような影が、一瞬だけ揺れた。


 それは、かつて恋を囁いたカップルの、面影だったのかもしれない。


 女子は、制服のポケットに手を入れて、何かを渡そうとしていた。


 何かを渡された男子は、ほんの少しだけ、顔を伏せて笑った。


 かすかに『変な顔』『可愛いじゃん!』そんな声が聞こえた気がする。


 その笑い声は、校舎の壁に染み込んでいた。


『ナニカ』は、その空気の温度に、少しだけ足を止める。


 ノートの隅に、小さく書き足す。


「恋人たちの待ち合わせ場所(非公開)」


 そして、ページの端に、震えるような文字で、こう書き留めた。


「この場所で、ふたりは、笑顔を交した」

 それが誰なのかは、『ナニカ』にもわからない。


 でも、その記憶が、静かに届いていた。


 それは、生まれる前の優しさ。


 そして、誰にも見られなかった、『教室の隅』の始まりだった


 ◇


 足音は消えた。

 体育館裏の影に滲むように。



 校舎の隅々を巡り終えた『ナニカ』は、最後に、黒板の前に立つ。


 ノートを閉じる。


 そして、チョークを手に取る。


 黒板に、一文字だけ書き始める。




「か」 その一文字だけが、黒板に刻まれた。

 白い粉が指先からこぼれ落ちる。


 でも、その手は、途中で止まった。

 呼びかけるには、まだ『声』が足りなかった。

 名前を呼ぶには、まだ『夢』が足りなかった。



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