第45話 学園祭を待ちわびる影 ~旧校舎の『ナニカ』、祭りを夢見る~中編
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中は、まるで時間が止まったように、あの日のまま、机と椅子が並んでいた。
でも、何かが違う。
空気が、重い。
まるで、誰かがまだそこに座っているような気配。
『ナニカ』は、静かに歩を進める。
食室の床に、ぽつんと落ちていたのは――白いハンカチだった。
端には、小さな刺繍で名前が縫い込まれている。
けれど、その名前は、どこか読み取りづらく、まるで時間がその文字を少しずつ薄くしていったようだった。
ハンカチは、何かを包むように、そっと結ばれていた。
『ナニカ』は、静かにその結び目をほどく。
中から現れたのは、微妙な表情のフェルトのマスコット。
目は左右で大きさが違い、口元は笑っているのか、泣いているのか、曖昧だった。
不器用な縫い目。ほつれかけた耳。
けれど、そこには確かに『手のぬくもり』が残っていた。
『ナニカ』は、そっとそれを拾い上げようとした。
手を伸ばした瞬間、ふいに―― ツンと鼻を突く、消毒液の匂いが立ちのぼった。
『ナニカ』は、ぴたりと動きを止める。
その匂いは、あまりにも鮮明で、まるで今しがた誰かが使ったかのよう。
次の瞬間、足音が再び動き出した。
今度は、急ぐように、足早に。
『ナニカ』は導かれるまま、後を追う。
廊下を曲がり、階段を上がり、たどり着いたのは――保健室。
扉は半開き。
その隙間から、白いカーテンだった布が、風に揺れているのが見えた。
まるで誰かが、そこに隠れているかのように。
『ナニカ』は、そっと中を覗き込む。
ベッドが三つ。
そのうちの一つ、中央のベッドのシーツに、深く刻まれた皺。
そこには、誰かが泣いた記憶が染み込んでいる。
声を上げることもできず、ただ枕を濡らし続けた涙。
その涙は、時に血の味がした。
噛みしめた唇の奥に、言葉にならなかった痛みがあった。
白いシーツの奥で、今も微かに――その痛みが、うごめいている。
『ナニカ』は、そっと手を伸ばす。
カーテンの向こうに、何がいるのかを確かめるために。
・・・その手が布に触れた瞬間、ベッドの下から、何かが――音もなく、這い出してきた。
『ナニカ』の指先に、ふわりと何かが触れた。
それは――布。
柔らかく、でも冷たい。
見えなかった。
けれど、確かにスカートの裾が、掌を掠めた。
その瞬間、空気が震えた。
足音が、再び響き出す。
今度は、軽やかで、どこか楽しげなリズム。
コツン、コツン――
『ソレ』は、もう保健室にはいなかった。
足音は、廊下を抜け、階段へと向かっていく。
『ナニカ』は、わずかに息を呑んだ。
その足音には、懐かしさと、恐ろしさが混じっていた。
まるで、かつての誰かが、「また一緒に遊ぼう」と誘っているような――そんな音。
階段の上から、風が吹き下ろしてくる。
白いカーテンが、名残惜しそうに揺れた。
『ナニカ』は、ゆっくりと階段へ向かう。
その先に待つのは、過去か、幻か、それとも――。
階段を上る。
一段ごとに、軋む音が違う。
ギィ……ギシ……ギィ……
その音は、まるで校舎が誰かの名前を呼んでいるようだった。
懐かしい声。
忘れたはずの呼びかけ。
それが、木の階段の奥から響いてくる。
『ナニカ』は、静かに耳を澄ませながら、一歩ずつ、音の名前を踏みしめていく。
二階の廊下に出ると、ふと立ち止まった。
窓の下――そこに、誰かの影が残っていた。
それは、もう存在しないはずの『誰か』の気配。
窓辺に立ち、ずっと眼下の光景を見つめていた者。
校庭の隅、鉄棒の錆、砂場の跡。
けれど、その目は――見えない光景を見ていた。
誰にも見えない、誰にも語れない、けれど確かにそこにあった『何か』を。
『ナニカ』は、そっと窓に近づく。
影はもう消えていた。
けれど、ガラスには、うっすらと手の跡が残っていた。
冷たく、細く、震えるような跡。
それは、ここにいた『誰か』が、最後に残した、願いのかたちだったのかもしれない。
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