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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第44話 学園祭を待ちわびる影 ~旧校舎の『ナニカ』、祭りを夢見る~前編

7/7

 


 制服姿の妖怪たちが集う、奇妙で愉快な迷宮。

 それは、かつて誰にも見られなかった『教室の隅』で、ひとりきりで夢見た祭りだった。


 その瞬間——


 旧校舎で教室の空気が、わずかに揺れた。

 時計の針が、止まったまま震えた。

 黒板の端に置かれたチョークが、ほんの少しだけ転がった。


 静まり返った教室で、『ナニカ』が、静かに目を開けた。

 その『ナニカ』は、確かに、祭りの匂いを知っていた。



 迷宮では、制服姿の妖怪が笑っていた。

 その笑いが、旧校舎の窓を、ほんの少しだけ震わせた。


 空っぽの教室。

 でも、黒板の前に、一冊のノートが開かれていた。

 ページには、震えるような文字で、模擬店の企画が書かれていく。


「お化け屋敷」「焼きそば」「占いの館」「迷宮の宝探し」


 その文字は、どこか懐かしく、どこか幼い。

 でも、確かに『誰か』が書いていた。


 ノートのページが、風にめくられていく。

 その先に、最後のページが現れる。




 —来場者の皆さまへ—


 ・旧校舎は、現在使用されておりません。


 ・廊下の軋みは、誰かの記憶です。

 踏みしめる際は、静かにお願いします。


 ・旧校長室には入らないでください。

 鍵は開いていても、心は閉じています。


 ・図書室の奥には、貸し出し記録のない本があります。

 読まないでください。それは存在していないからです。


 ・音楽室のピアノは、誰かが弾いていた記憶です。

 音楽が流れても、拍手は不要です。


 ・制服の試着は一度だけ。

 二度目は、戻れないかもしれません。


 ・迷ったときは、階段を数えてください。

 数が合わなければ、夢です。


 ・帰るときは、名前を思い出してから。

 忘れたままでは、帰れません。


 楽しい祭りになりますように。


 最後の一文。

 少しだけ、文字が滲んでいた。


 ◇


『ナニカ』は、給昇降口の扉が、音もなく開いた。

 誰もいないはずの旧校舎に、『ナニカ』が入ってくる。


 靴箱の列。

 名前の札は、すべて色褪せていた。


 廊下の窓には、夕方の光が斜めに差し込んでいる。

『ナニカ』は、一歩ずつ、ゆっくりと歩いていく。


 その足音は、まるで水面に落ちる雫のように静かで、けれど確かに響いた。


 靴箱の前で立ち止まる。 そこには、いくつもの古びた上履きが並んでいた。

 黄ばんだ布地、剥がれかけたゴム底、つま先に残る泥の跡。

 どれも、長い間忘れられていたことを物語っている。


 だが、その中に――ひときわ異質な一足があった。


 片方だけ、まるで昨日置かれたかのように、真新しいまま。

 白く、清潔で、ほこり一つない。

 まるで誰かが、今もそこに通っているかのように。


『ナニカ』は、その靴の前で立ち止まり、じっと見つめた。

 そして、ゆっくりと手を伸ばす。


 ――その瞬間、廊下の奥で、かすかな足音が響いた。


 カツン、カツン。


 誰もいないはずの旧校舎に、もう一つの気配が忍び寄る。


 足音が、『ナニカ』の目の前までやってきた。

 けれど、そこには誰の姿もない。


 ただ、確かに――そこに『何か』がいた。

 空気が揺れる。

 温度が変わる。

 見えない存在が、『ナニカ』を見つめている。


 足音は一度、ぴたりと止まった。

 まるで『ナニカ』を見定めるように。

 そして、静かに踵を返す音。


 コツン、コツン……。


 足音は、廊下の奥へと遠ざかっていく。

 だが、数歩進んだところで、また止まった。


 静寂。


 まるで、「ついてこい」とでも言いたげに。


『ナニカ』は、しばし立ち尽くした。

 そして、ゆっくりと、靴箱の前を離れる。


 コツン。コツン。


 その足取りは、先を行く音に重なるように、まるで呼吸を合わせるように、静かに、確かに、後を追った。


 夕陽が差し込む廊下に、二つの影が――いや、一つの影と、影にならない『ナニカ』が、並んで歩いていった。


 その先にあったのは、食室だった。

 足音は、扉の前でぴたりと止まる。


『ナニカ』も立ち止まり、ほんの少しだけ首を傾けた。

 扉の向こうから、かすかに漂ってくる匂い――それは、焦げたパンの香ばしさと、味噌汁の湯気に混じる、懐かしい匂い。


 記憶の底を、そっとくすぐる。

 遠い昔、誰かと笑い合いながら食べた昼食。

 あの頃の温もりが、ふいに胸を締めつける。


「・・・おかわり」


 誰かの声が、ふと耳元でささやいた。

 それは風の音か、記憶の残響か。

 あるいは、もう一度『ここで食べたい』と願いながら、叶わぬまま消えていった者の、最後の言葉だったのかもしれない。


『ナニカ』は、そっと扉に手をかけた。

 冷たい金属の感触が、現実を引き戻す。


 ――ギィィ……


 扉が軋む音とともに、食室の中へと、一歩踏み出した。



評価いただけると続編を書く意欲に直結します


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