第47話 沢辺みどりの独白 ~制服と笑顔と、私の名前~
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本当に人間ではなくなってしまった。
殺人の共謀に加担した罰なのかな?
天罰ってやつ?
復讐で殺されなかっただけ、ありがたいと思うべき?
開きっぱなしのウィンドウには、いまも魔力を吸われ続けているみんながいる。
そうだね。
あれよりはマシなんだよね。
幸運なんだよね。
自分に言い聞かせて、マスターに付き従う。
それが、これからの私。
だって・・・。
「かなりイケてる。可愛いよ!」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
人間じゃなくなった。
妖怪になった。
それでも——いや、だからこそ。
今の私を、見てくれた。
今の私を、褒めてくれた。
制服の袖を、そっと握る。
その手は、もう人間の温もりを持っていない。
でも、冷たくもなかった。
それは、どこか『生きている』とは違う、別の命の感触だった。
これは、もう『人間の服』じゃない。
妖怪になった私が、着ている『私の服』だ。
それが、嬉しかった。
こんな気持ち、忘れてた。
だから、笑えた。
だから、足踏みした。
それは、妖怪になった私の、最初の喜びだった。
制服を着るって嬉しいことだったんだ・・・。
ただの『装備品』になってたなぁ。
「ん?」
制服の袖を握ったまま、ふと、思い出す。
——あのとき。
カルマを、爆弾として使い捨てる計画を聞いたとき。
私は、何も言わなかった。
でも、あの沈黙が、誰かの命を奪った。
その重さが、今も制服の裾に絡みついている気がする。
洗っても、落ちない染みのように。
それが『正しい』と思ってた。
それが『人間』として『探索者』としての判断だと思ってた。
でも今、こうして妖怪になって。
制服を着て。
「可愛いよ」って言われて。
胸の奥が、あったかくなった。
あれ?
どちらが私?
あのときの、黙って従った『人間の私』?
それとも今、笑ってしまった『妖怪の私』?
どちらが正しいの?
わからない。
でも、今の私は、少なくとも、カルマに「可愛い」って言ってもらえた。
それだけは、確かだ。
「ああ、そうか」
わかった。
わたしが『可愛い』理由。
答えは単純。
すでに出てた。
だって、『笑えてた』!
『探索者』として活動し始めてから、笑ったことなんてある?
『嗤った』ことはある。
でも『笑った』ことはない。
功績を上げて。
儲かって。
皆で騒いだあの日。
『笑って見せた』ことはある。
でも、『笑えてた』ことはない。
それが、さっきは自然に『笑えて』た。
意識して作った『笑顔』じゃない。
『笑った』からできた顔だった。
だから、『可愛い』って言ってもらえる顔になってたんだ!
私は『妖怪』の方が『見てもらえる』んだ。
私は『妖怪』。
私は『河童』。
私は『沢辺みどり』。
私はカルマの・・・なんだろ?
仲間?
友達?
それとも・・・もっと特別な何か?
わかんないけど、『可愛い』って言ってもらえる存在。
『笑顔』の無かった『仁科悠』はもういらない。
カルマを、『仲間』を、死地に向かわせることを認めてしまうような、そんな『人間』はいらない。
わかっちゃった。
『本当はわかっちゃダメ』なのかもしれないけど。
カルマが『人間』を拒み否定するのは、この為なのだろう。
『私』は一歩踏み出した。
「次は誰?」
『学園祭』をするのなら、もっと人——んーん『妖怪』を増やさなきゃ!
その子もきっと、笑えるようになる!
だって、私も、ずっと笑えなかったから。
胸元で赤いリボンが揺れている。
動いているのかよくわからないけど、心臓が高鳴っているような気がする。
この制服が、誰かの涙を笑顔に変える日が来る。
そう信じてる。
『制服』って所属する学校を示すもの。
学友との連帯感の象徴。
これから、この制服は私たち『妖怪』の『誇り』になるんだ!
制服を着るって、嬉しいことだったんだ・・・。
でも、今のこれは、ただの布じゃない。
これは、私が『人間だった』ことを忘れないための、最後の証。
そして、『妖怪として生きる』ことを選んだ、最初の証。
「この制服が、私たちの旗になる」
そう思った瞬間、ふと気になった。
「でも、もう少しだけ・・・私らしさを入れてもいいのかな?」
完全に、元の『学校指定制服』なのだ。
『仁科悠』なら、それでいいけど。
『沢辺みどり』には少しだけ、窮屈に思える。
袖にワンポイントの刺繍とか、リボンの色を少し変えるとか。
それだけで、もっと『私の制服』になる気がした。
言ってもいいかな?
怒られる?
ちょっとためらった。
だけど!
『可愛いよ』に勇気をもらう。
「あのね、制服のデザインって変えてもいい?」
せっかく作ってくれた制服が、無駄になるって言われちゃう?
「でざいん?」
不思議そうな顔をされた。
拒否ではないことに、ほっとする。
「・・・あー、そうか」
腕を組んで、悩まれてしまった。
悩ませるつもりはなかったのだけど・・・。
「そういうのよくわからないから任せるよ。ただ・・・」
私の胸元に視線が来た。
ドキッとする。
「うん。校章のデザインは確かに変えないとだね」
「あ、ああ。うん」
制服の刺繡を見ていたのか。
でも、そうだ。
『あの』学校の校章が付いたままはおかしい。
でも・・・。
「うー。校章の変更は、私もわかんない」
リボンの色とかを変えるぐらいならできるけど、校章のデザインとかは無理だ。
「これから何体か『妖怪』を作ることになるだろうし、そいつと相談するといいよ」
困っていると、そう言ってくれた。
そうだ、これは私『たち』の制服なのだ。
みんなで着られる。
みんなが着たい。
そんな制服でないと!
「うん。そうするね」
だけど・・・。
「なにかないの? こういうのがいいって要望」
スカートの丈は短くとか。
胸元開けてとかありそうなんだけど。
男の子って、そういうの好きだったりしない?
偏見かな?
「・・・・・・」
黙られた。
あるんだ!
「どういうの? 教えて!」
思いきって顔を近づけた。
近すぎて自分まで赤面しそうだけど、耐える。
「・・・大正ロマン。女学生制服・・・」
「たいしょう?」
首を傾げた。
でも。
わかった!
「袴女子だ!」
確かに可愛いかも!
妖怪女子っぽい!
それ、すごくいい!
「考えてみるね!」
「あ、ああ。うん」
視線を逸らして、指先で頬を搔いてる。
なんだろ?
すごく近くなったって感じがする!
制服を作ろう。
きっと素敵になれる。
みんなで作る制服。
みんなで着る制服。
それが、迷宮の中で、私たちが『ここにいる』って証になる。
その制服があれば、私はもう一度、誰かと並んで歩ける気がした。
仁科悠は、笑えなかった。
でも、あの子がいたから、今の私がいる。
この制服を着て、私は『ずっと』笑える自分になる!
ずっと『愛される』私でいる!
『私』のために!
『カルマ』のために!
その誓いが、迷宮の空気を、ほんの少しだけ、柔らかくした。
それが、旧校舎の空気をまた、ほんの少し揺らしていた。
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