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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第21話 末路③ ~忘れていく~

8/9

 


 そして、最後の魔法使い。

 彼女もまた、狭い通路にいた。

 それも行き止まりの通路だ。


「クソ! ついてない!」


 壁を殴りつけ、踵を返そうとした。

 だが、動けなかった。


 ズルッ。


 足元が滑るような感覚。

 何かが抜け落ちたような、妙な軽さ。


「・・・え?」


 視線を落とすと、右足の先が、なかった。

 靴ごと、消えていた。


 ジン……ジン……。

 遅れてやってくる、焼けるような痛み。

 皮膚の奥で、何かがきしむような感覚。


「ま、まほ、魔法を!」


 震える手で杖を振る。

 だが、魔法は壁を焦がすばかりで、背後の『それ』むには届かない。


 ギチ……ギチ……ギチ……。


 背後から聞こえる、金属が軋むような音。

 振り返ると、そこにいたのは紅い甲殻の巨体。

 2メートルを超えるサソリ──ハサミムシさん。


「う、うそ・・・!」


 ガンッ!


 尻尾の刃が、彼女の背を打ち、そのまま壁に叩きつけられる。


 ゴンッ! ミシ……ッ。


 頭が壁にぶつかり、視界が白く弾けた。

 星が飛ぶ。

 耳の奥で、キーンという音が鳴り続ける。


「ぐッ、ぎぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その瞬間、毒が回った。

 全身に電流が走るような感覚。

 筋肉が勝手に跳ね、震え、痙攣する。


 ズズ……グチュ……パキ……。


 尻尾の刃が、容赦なく体をなぞる。

 骨が軋む音。

 肉が裂ける感触。

 何かが『中から崩れていく』ような違和感。


「わ、私の腕・・・足・・・・・・ひぐっ。おかぁさぁぁぁぁん!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、壁にこすりつける。

 痛みは、もうよくわからない。

 ただ、冷たくて、熱くて、痺れて、重くて、軽い。


『私って・・・誰だったっけ?』


 名前も、顔も、魔法の詠唱すら思い出せない。

 ただ、音だけが残っていた。


 ギチ……グチャ……ジュジュ……。


 それが、自分の終わりを告げる音だと、 彼女はもう、理解できなかった。


 こうして、『63階層入り口側見張り所』の駐在人員は、静かに、確実に、迷宮に飲み込まれた。


 剣士は、痛みの中で『誰かに見つけてほしい』と願った。

 幼き日、母に撫でられた髪の感触を思い出そうとした。

 けれど、痛みがそれを塗り潰した。


「助けて」という言葉すら、喉の奥で溶けていく。

 見つけてくれるはずの人々の顔が、痛みのノイズでかすんで消えていく。


 双子は、『笑い声』を思い出そうとした。

 けれど、何も浮かばなかった。

 誰と笑っていたのか。

 何がそんなに楽しかったのか。

 それすら、思い出せなかった。


 肌の上を通り過ぎていった思い出の数々が、ぬめりと悪臭にまみれた塊に吸い込まれていく。


「ねぇ、これ一度やってみたかったんだよね?」

 そんな声が、遠くで反響していた気がした。

 けれど、それが誰の声だったのか、もうわからない。


 魔法使いは、『自分の名前』を思い出せなかった。

 名前を思い出すことは、自分を思い出すこと。

 自分を思い出すことは、『今』を見ること。

 そんな勇気が、もうなかった。


 ギチ……グチャ……ジュジュ……。


 音だけが、確かにそこにあった。

 自分の輪郭を削り取るように、静かに、確実に。


 剣士の願いは、糸に絡め取られたまま、迷宮の天井に吸い込まれていった。

 双子の笑い声は、糞球の中で静かに潰れていった。

 魔法使いの名前は、ハサミムシの刃に刻まれることなく、ただ消えていった。


 そして、迷宮は静かだった。

 まるで、何もなかったかのように。


 風もない。光もない。音もない。


 ただ、そこにあるのは、『忘れられた者たち』の気配だけ。


 それは、壁のひび割れに。

 それは、床の染みに。

 それは、天井の影に。


 静かに、確かに、残っていた。


 ◇観察者◇


 カルマは、ただ見ていた。

 胸の奥で、何かが静かに沈んでいく。

 それは、かつて誰にも届かなかった『旧校舎の沈黙』だった。


 あの頃、誰も気づかなかった。

 誰も、見つけてくれなかった。

 だから今、オレは見ている。


 ダンジョンはよくできている。

『駒』の配置さえ考えてやれば、その猛威を十分に発揮してくれた。


『手を出すまでもない』。

 それは、誇りではなかった。

 ただ、空虚だった。


 それでも、胸の奥で沈んだものが、いつか芽吹くかもしれないと。


 カルマは、少しだけ、目を閉じた。

 まぶたの裏に浮かぶのは、誰かの背中。

 名前も、顔も、今は思い出せない。


 闇の奥から、まだ名も知らぬ『何か』が、静かに、こちらを見ている気がした。


 それは、かつての自分か。

 それとも、次の『声なき者』か。


 迷宮は、今日も静かに呼吸している。

 誰かが気づくのを、待ちながら。



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