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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第二十二話 『救い』

2/2

 


 騒ぎを見ていたのは校長だけではなかった。

 三年の百合根友梨も、輪の外から見守っていた。


 騒いでいるのは二年生たちだ。


 裏方の煩雑な仕事から解放された。

 今まで以上に快適になっている。


 それゆえの、明るさ。

 それゆえの騒ぎ。


 ただ——


 そこには確実な『代償』が存在している。

 誰にも気づかれず、削られていく存在がある。


 駆馬。

 騒ぎの中心から、少し離れて動き続けている。


 カルマの動きには、無駄がなかった。

 呼ばれれば即座に反応し、頼まれれば迷いなく動く。

 疲れも、苛立ちも、戸惑いも見せない。


 それを「すごい」と言う者は多かった。

「助かる」と笑う者もいた。


 だが、一人だけ。

 その動きを見て、顔を曇らせる者がいた。


 三年の先輩だった。


「……あんた、最近どうしたの?」


 カルマは首を傾げた。

 質問の意味が分からなかった。


「どうした、って?」


「いや……なんか、動きが“変”なんだよね」


 先輩は言葉を選んでいた。

 軽い冗談にすることもできた。

 だが、そうしなかった。


「前のあんたは、もっと……“人間”だった」


 カルマは瞬きをした。

 その言葉が、理解できなかった。


 先輩は続けた。


「頼まれたら断れないのはわかるけどさ。最近のあんたは……“反応が速すぎる”」


 カルマは答えなかった。


「呼ばれた瞬間に動くのは、普通じゃない。考える前に動いてるだろ。あれ、危ないよ」


 危ない。


 その言葉に、カルマの胸の奥で何かがわずかに揺れた。

 だが、それが何なのか分からなかった。


「あんた……寝てるか?」


 カルマは答えなかった。


「食ってるか?」


 答えなかった。


「……笑ってるか?」


 カルマは、そこで初めて口を開いた。


「必要ないだろ」


 先輩は息を呑んだ。


「必要……ない?」


「動けば、うまくいく。それだけで十分だ」


 その言葉を聞いた瞬間、先輩の顔色が変わった。


「……それ、誰に言われた?」


 カルマは答えなかった。

 答えられなかった。


 胸の奥で、駆馬が小さく震えていた。


 先輩は、カルマの目をまっすぐに見た。


「あんた……壊れかけてるよ」


 その言葉は、誰も言わなかった言葉だった。

 誰も気づかなかった異変を、たった一人だけが言葉にした。


 カルマは、何も返さなかった。

 返せなかった。


 カルマは答えなかった。

 胸の奥で、駆馬が小さく震えていた。


 先輩は、しばらく黙っていた。

 何かを決めるように、ゆっくり息を吸った。


「……放課後、少し話せるか?」


 その声は、優しかった。

 本当に、優しかった。


 駆馬の心が、わずかに浮上した。

 旧校舎の暗がりから、ほんの少しだけ顔を出した。


 ——助けて。


 その言葉が、喉の奥まで上がってきた。


 だが。


 放課後、先輩は来なかった。


 代わりに、別の生徒が駆け込んできた。


「先輩、すげぇよ! あのプロジェクト、先輩が中心で進めることになったって!」


「校長も褒めてたぞ。“期待している”って」


 その瞬間、先輩の顔から迷いが消えた。


「……悪い、駆馬。今日の話、また今度な」


 “また今度”は、二度と来なかった。


 先輩は、駆馬の異変に気づいた唯一の人間だった。

 だが、学校全体が動き始めた流れの中で、

 彼はそちら側に乗るしかなかった。


 駆馬のことを気にかける余裕は、もうなかった。


 駆馬は、旧校舎の奥で静かに目を閉じた。


 胸の奥で、何かが音を立てて沈んでいく。


 ——やっぱり、そうだ。


 ——誰も、来ない。


 その瞬間、駆馬は完全に後ろへ下がった。

 カルマが、前へ出た。


「……動けば、うまくいく」


 その声は、もう揺れていなかった。



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