第二十話 『時代』
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旧校舎の図書室は、誰も使わなくなって久しかった。
棚の本は薄い埃をまとい、紙は黄ばんで、角が丸くなっていた。
駆馬は、その隅に座り込んでいた。
動く気力はなかった。
ただ、手の届く範囲にあった古い雑誌を、無意識に引き寄せた。
昭和四十年代の学年誌だった。
表紙には、笑顔の学生がほうきを持って立っている。
ページをめくると、太い文字が目に飛び込んできた。
『働くことは、美しい』
『勤労は心を磨く』
『役に立つ者こそ、真の強さを持つ』
駆馬は、息をするように読み進めた。
『誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る生徒は、クラスの宝である』
『影で支える者が、集団を支えているのだ』
『働く子は、愛される』
ページをめくるたびに、胸の奥で何かが静かに沈んでいった。
──ああ、そうか。
駆馬は思った。
働けば、認められるのか。
役に立てば、必要とされるのか。
影で動く者こそ、価値があるのか。
誰も来なかった学祭の三日間が、
ゆっくりと形を変えていく。
『働くことは、孤独を埋める』
そんな一文が、雑誌の片隅にあった。
駆馬は、そこでページを閉じた。
胸の奥で、何かが切り替わる音がした。
『……そうだよな』
呟いた声は、いつもの声より少し低かった。
——動けば、うまくいく。
その言葉が、静かに沈んでいく駆馬の心の底に落ちていった。
駆馬は、旧校舎の図書室で動くのをやめた。
代わりに、カルマが前へ出た。
昭和の雑誌に書かれていた“勤労の美徳”は、
カルマにとってはただの“正しさ”だった。
働き続けること。
役に立つこと。
影で支えること。
それが価値であり、存在理由だった。
カルマは、自分以外のすべてのために、自分のすべてを使うようになっている。
駆馬もそれは知っている。
だから思う。
思ってしまう。
自分は生まれる時代を間違えたのではないかと。
自分だけが、その価値観でいるから削られる。
みんなが、『そう』であれば、こんなに疲弊していない。
みんなが、みんなで、みんなのために働くなら——
誰もが孤独ではなく、『そこに』いられるはずだ。
働く場に『除外』の価値観は生まれない。
協力と利用。
存在は労力。
誰一人置いて行かれない。
みんなで走り続ける。
疲れるけど、『個人』が死ぬけど。
『全体』の『連帯』は強くなる。
そんな時代なら——
駆馬の心は、時代をさかのぼり、その価値観を美化し始める。
誰よりも早く来て、最後に帰る。
休まないのが誠意。
そんな『よい子』になろうとする。
自分よりも他人優先。
多少の怪我や疲労は気合で乗り切る。
「気合いだ! 声を出せ!」、根性物スポーツ漫画の定番の声。
それが、駆馬の中で反響していた。
和を乱さない。
何より尊ぶべきは協調性。
個性を排して『みんなでやる』。
与えられた役割を黙々と果たすことが最上。
誰かが働いていれば、手伝うのが当たり前。
見返りを求めない。
なにより、カルマに響いた価値観は『能力』よりも『役に立つかどうか』の判断基準。
高い能力があることよりも、率先してみんなが過ごしやすいように動くことを称賛する。
高い知識よりも、お茶の温度や濃さを把握していることが褒められる世界。
そこなら、カルマもがんばれる。
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