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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第十九話 『黒子』

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 そんな日々の中、駆馬は望外の機会を得た。

 学祭で、成果を発表する。

 そんな話だった。


 最悪の、忘れたくても忘れられない三日間の始まりでもある。


 中学二年の秋、偶然に功績を上げた。

 誰も知らないまま埋もれていたものを、たまたま見つけた。


 その発見を評価したのは、学校の外の人間だった。

 だからこそ、公開の役目が回ってきた。

 人生で初めての晴れ舞台だった。


 場所を確保するために、旧校舎を使わせてもらえるよう学校と交渉した。

 本当は本校舎がよかった。

 でも、空きはないと言われた。


 クラスメイトは他の出し物で忙しいと言って、誰も手伝ってくれなかった。

 だから駆馬は、一人で準備した。


 飾りつけをして、案内板を描いた。

 分かりやすい解説文を何度も書き直した。

 噛まないように暗記して、擦り切れた原稿を何度も捨てた。


 そうして迎えた学園祭。


 来場者は──0だった。


 誰も来なかった。

 三日間、誰一人として。


 案内板が見えなかったわけじゃない。

 場所が分かりにくかったわけでもない。


 みんな知っていた。

『駆馬』が発表することを。


 知っていて、それでも来なかった。


 偶然、なにかを見つけただけの人間の発表。

 見る価値はないと判断されたのだ。


 晴れ舞台を与えたのは温情。

 本会場に呼ばなかったのは拒絶。


『駆馬』は、学園祭の三日間、

 誰も来ない旧校舎の教室で、受付の椅子に座っていた。


 昼休みが終わる頃、廊下に足音が響いた。

 息を止めた。


 でも、足音は通り過ぎていった。

 それが、二日目の午後だった。


 三日目の終わりには、もう何も感じなかった。


「あの三日間よりつらいことなんて、地獄にだってありはしない。そうだろ?」


 旧校舎の隅で、呟きが止まらなかった。


「そうだな」


 自分の問いに、自分が答えた。

 声は、いつもの声より少し低かった。


 窓から差し込む光が、埃を浮かび上がらせていた。

 誰も踏まない床は、ずっと冷たかった。


 教室の時計は止まっていた。

 でも、それは動き出す時を待っているのかもしれない。


 ──あの三日間から、『駆馬』は旧校舎に取り残されたままだ。


 そして、体を動かすのは『カルマ』となった。


 駆馬という『重し』がなくなった今、

 カルマはこれまで以上に動き続けた。


 家では、母の快適な暮らしのために家事をすべてした。


 学校では、先輩たちの手伝いをした。


 クラスメイトのために働いた。


 とにかく、動き続けた。


 小学生の頃の疎外感は、もうどこにもなかった。


 それが、『働き続けることの価値』だ。


 カルマは、そう確信した。


 そして、自分以外のすべてのために、

 自分のすべてを使うようになった。


 カルマが前に出てから、世界は静かに形を変えた。


 最初は、ほんの小さな頼まれごとだった。

 プリントの仕分け。道具の片付け。忘れ物の届け物。


「悪いけど、これ頼める?」

「助かるわ、駆馬くん」

「君、気が利くね」


 誰も悪意はなかった。

 誰も善意でもなかった。


 ただ、頼めばやってくれるから頼んだ。

 断られたことがないから、また頼んだ。


 気づけば、カルマの一日は誰かの仕事で埋まっていた。


 部活の先輩が声をかける。


「霞の準備、今日もお願いね」

「昨日の片付け、まだ残ってるんだ。頼む」


 体育館の裏では、涼香が笑っていた。


「お前、暇そうだな。ちょっと走るぞ」


 クラスでは、誰かが当然のように言う。


「駆馬、これ運んで」

「ごめん、時間ないから代わりにやってくれない?」


 カルマは、すべてを受け入れた。


 断る理由がなかった。

 断るという概念がなかった。


 動けば、うまくいく。

 動けば、誰も困らない。

 動けば、駆馬は必要とされる。


 それだけで十分だった。


 頼まれるたびに、カルマの動きは滑らかになった。

 迷いが消え、判断が消え、感情が消えた。


 黒子としての役割は、完璧だった。


 前に立つのは他の誰かでいい。

 自分は、その影で動けばいい。


 光の当たらない場所のほうが、落ち着いた。


 周囲は、駆馬が“変わった”と口々に言った。


「最近の駆馬、すごいよな」

「頼んだらすぐ動いてくれるし」

「前より明るくなった気がする」

「こういう子が一番助かるんだよ」


 誰も異変に気づかない。

 気づく必要がないから。


 旧校舎では、駆馬が静かに息をしていた。


 体の動きは、遠くの出来事のように感じられた。

 自分の人生を、誰か別の人間が歩いているようだった。


 カルマは、自分以外のすべてのために、

 自分のすべてを使うようになった。


 それが、正しいことだと信じていた。



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