第十七話 『疲弊』
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「蜘蛛の巣は取れてるけど……なんかくすんでない、これ?」
神社の蔵の中、金箔を貼られた神輿を見つめて女が、眉を顰める。
満島小夜。
志乃の知り合いらしい彼女は、細に入り、微を穿つように駆馬の仕事を批評する。
極度の完璧主義者のようだ。
「……あまり、根を詰めないようにね」
駆馬を見て、あとについてきた女生徒が、なぜか片目をつぶって語り掛ける。
こちらは、『ムリをするな』と言いたいようだ。
渡瀬香子と名乗った彼女は、折りたたみ傘を握りしめていた。
雨は降りそうもないのに。
◇
仕事は、その日から増えた。
毎日、誰かが、なにかを頼んでくる。
駆馬は、そのすべてを引き受けた。
断るという概念を知らなかったのだ。
仕事をしている間は、誰もが駆馬の存在を認めた。
そこに『駆馬がいる』ことを誰一人否定できない。
そんな中、駆馬の『仕事』の質が、少し変わる。
「私、練習に集中したいの」
そう言ってきたのは、葉隠霞。
群れることを嫌うあまり、単独行が多く。
チームを組んでも、協力よりも先に自分から前へ出てしまう。
単独で結果を出す能力があるからでもあるが、あまり良くは思われていない。
そのせいで実力はあるのにレギュラーには入れていなかった。
施設整備。
道具の補修。
練習の下準備、あと始末。
一連の仕事が、全部駆馬に背負わされる。
一人で背負うには、多すぎる役割。
それなのに、駆馬はこなしてしまう。
こなせてしまうのだった。
◇
そこへ、輪をかけて体力を奪ったのは、鈴谷涼香。
「お前、体力はありそうだな。ちょっと付きあえ」
頼もしい肩幅。
しっかりと割れた腹筋。
ウエストと見紛うほどの太腿。
少女にしては筋肉質な体形。
それが、鈴谷涼香、である。
先輩を立てて付き従う体育会系の肉体派。
同学年の友人たちを、勘違い男子から守る用心棒。
後輩には面倒見のいい姉御肌。
それが、鈴谷涼香だ。
駆馬の顔を見れば肩で激しく当たる。
駆馬が暇にしていると見れば、トレーニングというシゴキに付き合わせた。
体力がゴリゴリ削られていく。
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洗濯では、気づけば、手が動いていた。
何を考えて動いたのか、自分でもよく分からなかった。
思考が一歩遅れて、あとから追いかけてくる。
追いつく前に、次の作業が始まっていた。
草取りのあとは、褒められても、叱られても、胸の奥が動かなかった。
ただ、音だけが耳に届いて、意味が遅れて理解される。
嬉しいとか、悲しいとか。
そういうものが、どこか遠くに置き忘れられていた。
神社の掃除では、手のひらの痛みが、どこか薄かった。
皮膚の奥で何かが擦れているはずなのに、実感がない。
疲れているのかどうかも、よく分からなかった。
完璧主義者に突っかかれていると、気づけば、夕方になっていた。
いつ洗い終えたのか、どこを掃除したのか、記憶が曖昧だった。
ただ、手だけは止まらずに動いていた。
雨の日。
傘を差して渡瀬香子が見守る中、駆馬は動いていた。
『お願い』という声だけが、鮮明に聞こえた。
その瞬間、体が勝手に動き出す。
理由も、気持ちも、あとからついてくる。
いや、ついてこないことのほうが多かった。
一人でするには多すぎる役目を背負っていることでは、もう考えるのをやめていた。
やりたいとか、やりたくないとか。
そういう判断が、どこかで消えていた。
ただ、動くべきだと思った。
動けば、うまくいく。
その一つだけが、頭の中に残っていた。
考えようとすると、頭の奥がじんと痛んだ。
だから、考えるのをやめた。
『もうやめたい』と頭のどこかが言った。
けれど、手は止まらなかった。
止め方が分からなかった。
動いている自分を、どこか遠くから眺めているような感覚があった。
手が動いているのに、それが自分のものではないように思えた。
でも、止めようとは思わなかった。
止めたら、なにかが壊れる気がした。
誰かが何かを言っていた。
音は聞こえるのに、意味が頭に入ってこない。
ただ、名前を呼ばれた瞬間だけ、体が反応した。
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