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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第十六話 『先輩たち』

2/2

 


「いい? 薫先輩は、あなたなんかと違って『尊い』人なのよ。失礼のないように!」

 呼び出し役の女子に念を押された。


 完全に上からだ。

 駆馬のクラスメイトなのだが。


「はい」

 だけど、多分初めてだ。

 直接、話をしたのは。


 駆馬を呼び出したのは、八島薫。


 彼女がキャプテンを務める『チーム』の部室に呼ばれていた。

 周囲には『薫先輩』に心酔しているらしい女性たちが多くたむろしている。


 それをさらに追っかけの男子が囲んでいる。

 二、三十人規模の団体を形成しているらしい。


 部室の入り口で案内の女生徒が、静かに声をかける。


「薫先輩、連れてきました」

「入らせなさい。あなたは下がっていてね?」


「ですが!」

「あらあら。私の言葉がわからないのかしら。私、日本語を話したわよね?」

 犬語か、豚語を話さないといけないのかしら?


 言葉は柔らかいのに、空気が刃のように冷たい。

 案内役の女生徒は、見られてもいないのに地面に額をつけるほど頭を下げた。

 その姿は、もはや『崇拝』だった。


「お邪魔します」

 部屋に入った瞬間、空気が変わった。


 視線が、肌に触れる前に心に触れてくるような感覚。

 他人の視線に不慣れな駆馬には、体の中まで見通されている気にさせられる。

 そんな視線が向けられた。


「っく」

 入った途端、息が止まりかけた。


 ちょっと独特な臭気が漂っている。

 少し前の、自宅に似ていた。


「近くに来なさい」


 薫先輩の声は静かだった。

 けれど、逆らうという選択肢は最初から存在しなかった。


 駆馬が一歩踏み出すと、周囲の空気がさらに冷えた。

 取り巻きの視線が、一斉に刺さる。


「あなた、石清水のところで働いているんですって?」


「……はい」


「なら、話は早いわ。うちにも“人手”が足りないの」


 薫先輩は微笑んだ。

 その笑みは、優しさではなく“選別”の笑みだった。


「あなた、使えるでしょう? 石清水がそう言っていたもの」


 その瞬間、駆馬の背筋がわずかに震えた。


 ——また、必要とされた。


 それが、嬉しいのか、怖いのか。

 駆馬には分からなかった。


「ちょうどよかったわ。うち、洗濯機が壊れててね」


 薫先輩は、当然のように言った。


「ユニフォーム、二十人分。今日中にお願いできる?」


 駆馬は一瞬だけ息を呑んだ。

 量の多さにではない。

 “頼まれた”という事実にだ。


「……はい」


 気づけば返事をしていた。


 部室の隅には、汗の染み込んだユニフォームが山になっていた。

 泥汚れ。皮脂。ほつれた糸。

 家で見慣れた光景と、どこか似ていた。


「助かるわ。あなた、ヘンなことしなさそうだし」


 薫先輩は微笑んだ。

 その笑みは、優しさではなく“選別”の笑みだった。


 駆馬は黙って洗濯物を抱えた。


 重い。

 でも、重さは気にならなかった。


 ——動けば、うまくいく。


 そう思った瞬間、胸のざわつきが少しだけ静まった。


 ・

 ・

 ・


 二十人分のユニフォームは、思ったより重かった。

 腕に食い込む重さが、じわじわと皮膚の奥に沈んでいく。


 もう、使う者もいなくなって久しい洗い場で、ひたすらに洗濯板をこする。

 腕の奥がじんわりと痛んだが、気にしないことにした。


 干すとき、指先が少し震えた。

 疲れではない。たぶん、緊張だ。


 ——動けば、うまくいくんだ。

 ただ、とまっているよりは。


 そう思いながら、駆馬は黙々と手を動かした。


 ◇連鎖◇


「お久しぶり」


 洗い終えた洗濯物を干していると、声がかかった。

 振り返ると見知った顔が笑いかけてきていた。


 稲田美水穂(みずほ)先輩。

 彼女は何代も続く農家の娘。

 広大な田んぼを有している。


 一年前。


「わたし、機械でするの嫌いなの。田植えは手植えが一番よ」

 なにか強いこだわりがあるようで、稲苗の塊を押し付けられた。


 ただ、それ以後はなにも音沙汰がなかったのだけど?


「いつものメンバーが熱中症で倒れたの。草取り手伝ってちょうだい」

「え、は、はい」


 ◇


「あらあら、まだ、お時間はありますかしら?」


 草取りから戻ると、干し竿の前で待ち伏せされていた。


 曾根崎志乃先輩。

 付近にある神社の娘だ。


 草取りの汗が乾ききる前に、次の声がかかったことになる。


「はい」

 洗濯物は、まだ乾ききっていなかった。

 時間はある。


「祭りも近いというのに、お神輿が蜘蛛の巣だらけですの。磨き上げてくださいまし」」


「はい」


 駆馬は迷いもせず、答えていた。


 草取りで使った手のひらが、まだじんじんしていた。



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