表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

128/357

第十四話 『退場』

2/2

 


 まどかが、少しだけ変わったのは、冬の終わり頃だった。


 笑顔はいつも通りだった。

 声も明るかった。


 けれど、その明るさの奥に、どこか影のようなものが揺れていた。


 授業中、ふと机に手をつく。


 胸のあたりを押さえるような仕草が、一瞬だけ見えた。


「先生、最近疲れてね?」

「なんか休み多くね?」


 そんな声が、廊下でひそひそと流れていた。

 駆馬には関係のない話だった。


 そう思おうとした。

 けれど、胸の奥が少しだけざわついた。


 理由は分からなかった。


 ◇


 まどかが駆馬に話しかける回数が、少しずつ減っていった。


「……あ、うん。じゃあ、これ後で見ておいてね」

 以前なら、駆馬の机まで来ていたはずのプリントが、まどかの手から離れる前に、別の生徒へ渡されることが増えた。


 駆馬は、それを“楽になった”と思おうとした。

 けれど、胸の奥がひどく静かだった。


 ——どうしてだろう。


 その問いは、言葉にならなかった。


 ◇


 ある日、まどかの代わりに別の教師が授業をした。


「高瀬先生は体調不良でお休みです」


 それだけ告げられ、授業は淡々と進んだ。


 クラスはすぐに忘れた。

 駆馬も、忘れたふりをした。


 けれど、黒板の前に立つ人影が違うだけで、教室の空気がどこか落ち着かないように感じた。


 ◇


 三月に入ると、まどかの机の上に書類が積まれ始めた。


「引き継ぎだってさ」

「やっぱ辞めるんじゃね?」

 そんな声が、また雑音のように流れていく。


 駆馬には意味がなかった。

 けれど、胸の奥が少しだけ冷えた。


 ——また、何かが遠ざかっていく。


 その感覚だけが、静かに積もっていった。


 ◇


 発表は突然だった。

 そして、あまりにも事務的だった。


 黒板の端に、A5のプリントが一枚貼られていた。


【高瀬まどか先生は、事情により退職されました】


 それだけ。

 説明も、補足もなかった。


 あとは、以前から代行をしていた教師がそのまま後任に入る。

 それで、すべてが終わった。


 ◇


 まどかがいなくなった翌週。

 教室の空気は、何事もなかったかのように流れていた。


 駆馬は席に座り、ただ前を見ていた。

 黒板の文字が、いつもより遠く感じた。


 まどかの席には、誰かの荷物が置かれていた。

 そこに“昨日までいた人”の気配は、もうどこにもなかった。


 背後で、誰かが笑いながら話していた。


「彼氏いたんだってさ」

「できちゃったらしいよ」


「そりゃ辞めるよなー」

「あ、だからだ。妙なのに構いたがるの」


「幸せボケってやつ?」

「それだ!」


 駆馬の耳に、その言葉は届いた。

 けれど、意味は届かなかった。


 言葉は音として流れ込んでくるのに、意味だけが、どこかでこぼれ落ちていく。

 ただ、胸の奥が少しだけ冷たくなった。


 ——また、いなくなった。


 それだけが、駆馬の世界に残った。

 まどかの声も、笑顔も、駆馬の中ではもう“過去”になっていた。


 教室のざわめきは、今日も変わらず続いていた。

 まるで、最初から何もなかったかのように。


 まどかのいない教室で、駆馬はただ座っていた。


 何も変わらないはずだった。

 何も変わらないはずなのに——


 胸の奥が、落ち着かなかった。


 ——何か、しないと。


 その“何か”が何なのか、駆馬には分からなかった。

 けれど、じっとしていると、胸の奥がざわついた。


 初めての感覚だった。


 それは、意識しないまま、まどかの背を追いかけた視線の残響。

 悪意にすらならない隔意を受け取るだけだった駆馬が、

 自分で動いた、あの瞬間の記憶。


 まどかの声に反応してしまった指先。

 まどかの足音を追ってしまった視線。

 閉じたノートの重さ。


 どれも、駆馬が望んだものではなかった。

 けれど、確かに“自分が動いた”記憶だった。


 その記憶が、胸の奥で小さく疼いていた。


 ——何か、しないと。


 理由は分からない。

 分かりたくもない。


 ただ、そのざわつきだけが、駆馬を静かに前へ押し出していた。



評価いただけると続編を書く意欲に直結します


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ