第十三話 『刃は空回る』
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「駆馬くんも、この班に入ろうか」
まどかの声は、いつも通り明るかった。
けれど、その明るさが教室の空気に触れた瞬間、薄い膜のような静寂が、ぱん、と弾けて固まった。
優し気な微笑みが、駆馬の前に立っている。
その向こうに、『この班』の面々がいた。
仲間内で談笑していたそのまま、強張った顔がある。
わずかに見開いた目が、まどかの背中を凝視していた。
“え……”
“なんでこっち?”
静かな、それでいて明確な『拒絶』。
机の下で交わされる小さな声が、床板を伝って駆馬の足元に刺さる。
足元から、全身の筋肉が固くなる。
呼吸が浅くなる。
目を動かせなくなる。
そんな空気の中で、まどかたけは気づかない。
自分の『善意』を信じ切った顔で、ほほえみを浮かべている。
「みんなで協力しようね」と、柔らかく言葉をかけてくる。
駆馬は、机の端をそっと握りしめた。
指先がじんと痛む。
自分が力を入れていることにすら、気づけなかった。
班に入っても、誰も駆馬に話しかけない。
視線すら向けられなかった。
そうだ。
オレは、ここにいないんだ。
向けられない視線に縋りつく。
この場にいるのにいないようだから、苦しい。
そもそもいないなら、苦しむことはないのだ。
駆馬の意識は、旧校舎へ飛んだ。
あそこなら、一人でいても平気だ。
一人でも、独りじゃない気持ちになれるから。
あの冷たい廊下だけは、自分を拒まなかった。
誰もいないのに、誰かの気配だけが残っていた。
“ここにいてもいい”と、静かに言われているようで。
その瞬間、そこから『人』はいなくなる。
机の上に置かれた教科書だけが、教室の中でぽつんと浮いて見えた。
ページをめくる音。
椅子の軋む音。
笑い声。
そのどれもが、駆馬の席を避けて流れていく。
——ここにいてはいけない。
その感覚だけが、静かに積もっていった。
それだけは、防ぎようがなかった。
◇
「駆馬くん、このノート……すごく丁寧だね」
まどかは、本気で褒めていた。
その優しさは嘘じゃない。
なにかにつけ、駆馬の存在を持ち上げる。
そのための手段であるにしても。
でも——
だからこそ、教室の空気が一瞬で変わった。
“は?”
“役立たずのノートがなんだって?”
笑い声が、背中に刺さる。
視線の温度が、冷たい水のように背中を流れ落ちた。
水を向けられなければ、『浮く』こともない。
浮かなければ、沈まなくていい。
なのに——
駆馬はノートを閉じた。
まどかの手が触れる前に。
これ以上、まどかの手が近づく前に。
優しさに触れられたら、壊れてしまう気がした。
笑い声が消えたあと、妙な静けさが落ちた。
誰も何も言わないのに、背中がじりじりと焼けるようだった。
まどかの足音だけが、教室の中で浮いていた。
その音が遠ざかるたび、胸の奥が少しずつ冷えていく。
◇
まどかが去っていく背中を、駆馬は見てしまうことがあった。
見ないようにしているのに、目が勝手に追ってしまう。
胸の奥が、少しだけざわついた。
——どうして、あの人は自分に話しかけるんだろう。
理由なんて分からない。
分かりたくもない。
——見てしまった。
気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。
期待なんてしていない。
してはいけない。
それなのに、まどかの声だけが、教室のざわめきよりも少しだけ近い。
その近さが、逆に苦しかった。
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