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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第十二話 『進級・優しさの刃』

2/2

 


 春になった。

 制服の色が変わっても、世界は何も変わらなかった。


 新しい教室。新しい机。新しい名簿。

 けれど、駆馬の席だけは、やっぱり空白だった。


 中学校の教室に入った瞬間、駆馬は気づいた。

 ——顔ぶれに大きな変化はなかった。


 ほとんどエスカレーターの学校。

 地域性も高い。

 見たことのない顔が入り込む余地なんてない。


 変わったのは、教師の顔だけだ。


 ……女性だった。


 柔らかい声で「おはようございます」と言う。

 教室の空気が、少しだけ明るくなる。


 けれど、その明るさは駆馬の席まで届かなかった。

 まるで、光が途中で折れてしまうように。


 新しい担任が自己紹介を始めても、

 駆馬の席だけは、相変わらず空白のままだった。


「クラス担任の高瀬まどか、です。よろしくね」


 明るさと、優しさが目に見えるような若い女性教師があいさつした。

 生徒全員の顔を確認しながら。


「っ」

 駆馬は息を呑んだ。


 何年ぶりだろう?

 他人と視線が合ったのは。


 他人の目が自分を見た。

 それが、石を投げつけられたように『痛かった』。


「えっと……あなたが駆馬くん、で合ってるかな?」


 高瀬まどかは、ためらいなく駆馬の席へ歩いてきた。

 その歩みは軽く、迷いがなかった。


 駆馬は、逃げ場を失ったように体を固くした。

 視線をそらしたいのに、そらせなかった。


「よろしくね。これから一年間、いっしょに頑張ろう」


 その言葉は、優しすぎた。

 優しさが、刃物のように胸に刺さった。


 ——どうして。

 ——どうして、自分なんかを見たんだ。


 駆馬は、答えられなかった。

 声が出なかった。


 まどかの背後では、珍獣を見るような視線が集まっていた。

 彼女は、そのことに気づいていなかった。


 これが、慣れ親しんだ地獄が、さらに一段深くなった瞬間だった。


 ◇


 ときに、まどかは、駆馬の反応を優しさで包もうとしていた。

 けれど、その背後で起きている空気の流れには気づかない。


「うん、大丈夫。ゆっくりでいいからね」


 その声は本当に柔らかかった。

 けれど、駆馬の耳には遠くから響くように聞こえた。


 駆馬の胸が、わずかにざわついた。

 呼ばれたことが、久しぶりすぎて。


 だけど――


 その分だけ、背後のざわめきが、皮膚の上を這うように伝わってくる。


 “あいつ、なに?”

 “なんで先生、あんなやつに話しかけてんの?”


 そんな視線が、まどかの背中越しに突き刺さる。


 まどかは笑っていた。

 駆馬を安心させようとして。


 その笑顔が、いちばん痛かった。

 まどかの声が響くたび、教室の空気がわずかに冷えた。


 ◇


「駆馬くん、プリント……取りに来られる?」


 ときに、まどかは、何の悪気もなく声をかけた。

 他の生徒と同じように、当たり前の調子で。


 駆馬は立ち上がれなかった。

 足が床に縫い付けられたみたいに動かなかった。


 立ち上がろうとした瞬間、足が震えた。

 動かないのではなく、動けなかった。


「じゃあ、私が持っていくね」


 まどかは笑って歩いてくる。

 その背後で、クラスの空気がざわついた。


 “まただよ”

 “先生、あいつに構いすぎじゃね?”


 数人の視線が、まどかではなく駆馬に向けられた。

 責めるような、呆れるような目だった。


 まどかは気づかない。

 駆馬の机にプリントを置きながら、優しく言った。


「ゆっくりでいいからね」


 その優しさが、駆馬にはいちばん痛かった。



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