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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第九話 『旧校舎』

1/2

 


 授業は流れるように進んだ。

 駆馬は座っているだけ。

 先生の声も、黒板に書かれる文字も、時間さえもが、カルマだけを置き去りにして過ぎ去っていった。


 そして、給食の時間になっても、机は動かさない。

 昔はあったという班を作ることは、もうしていない。


 全員が前を向いたまま、配膳を待つ。

 それでも、仲の良い子たちは自然に声を寄せ合う。

 小さな笑い声が、あちこちで弾んでいた。


 駆馬の席だけが、ぽつんと空気が薄い。


 窓際の一番後ろ。

 誰とも向き合わない位置。

 誰とも交わらない位置。


 配膳当番が皿を置いていく。

「はい、どうぞ」

 その声だけが形式的に落ちていく。


 駆馬は、ただ前を向いて座っていた。

 食べるための席なのに、まるで“待つための席”みたいだった。


 配膳が終わると、あちこちで勝手に箸の音がし始めた。

 本当は「いただきます」を言ってから食べるはずなのに、

 誰も気にしていない。


 先生も、特に注意しなかった。

 形だけの「いただきます」が、この教室ではもう儀式として機能していない。


 駆馬だけが、手を合わせた。

 小さく「……いただきます」と口にする。


 その声は、誰にも届かないまま消えていった。


 駆馬にとって、唯一のまともな『料理』を食べられる時間。

 だけど、味はしなかった。


 きっと見た目も考えられた彩りがあるのだろう。

 けれど、駆馬の目には灰色にしか映らない。

 言ってみれば、味も灰色だ。

 まずくはないが、うまくはもっとない。


 それに、量が多すぎた。

 他の子たちが当たり前に食べる量。

 むしろ、少なめに盛られているはずなのに。


 だけど――


 駆馬には、その“少なめ”でさえ果てしなく見える。

 食べることが億劫になるほど、遠い。


 それでも、口に入れる。

 何とかして飲み込む。


 ここで食べておかないと、体力がもたない。

 駆馬がもたなくなったら——。


 だから、考えないようにして、

 無心で胃に落とし込んだ。


 食べ終わった子たちは、自然に小声で話し始めた。

 席を立つことは許されない。

 昼休みまでは、ここで待つしかない。


 駆馬は、ただ前を向いて座っていた。

 食器を片付ける当番の動きだけが、教室の空気をゆっくりと揺らしている。


 食べ終わったはずなのに、胸の奥の重さだけは、まだ飲み込めなかった。


「そろそろ片づけますよ―」


 先生が声をかけた。

 生徒たちは、ほぼ食べ終えている。


 先生の言葉で、給食当番が片付けていく。

 端っこの後ろ。

 駆馬は最初だ。


 このために、量は少ない。

 以前、量が多すぎたのと、母のことでのどが詰まったせいだ。

 またされた当番と、それを見ていた者が『少なめ』を提唱して『くれた』。


「昼休みです」


 先生の言葉とともに、気の早い者たちが廊下へ飛び出していく。

 ほとんどが男子だ。

 女子は、さっそく仲のいい子たち同士で輪を作っておしゃべりに入る。


 駆馬は、そっと席を立った。

 ここに、居場所はない。


 グラウンドや体育館は足が進まない。

 図書室は、どこか居心地が悪い。

 棚に並ぶ本が、あまりに新しくて肌に痛いから。


 駆馬が向かうのは、『旧校舎』だ。


 廊下に出ると、昼休みの喧騒が一気に押し寄せてきた。

 走り抜ける足音。笑い声。呼び合う声。


 そのどれもが、駆馬の輪郭をすり抜けていく。


 校庭へ向かう子たちの背中が、まぶしすぎた。

 体育館へ向かう子たちの足取りが、軽すぎた。


 駆馬の足は、自然と別の方向へ向かう。

 誰も行かない方へ。

 誰も気に留めない方へ。


 旧校舎は、昼休みの喧騒から切り離された場所だ。

 古い木の匂いと、薄暗い廊下。

 そこだけ、時間がゆっくり流れている。


 駆馬は、その静けさに救われるように歩いていった。


 小中高が同じ敷地にある学校だ。

 旧校舎は、どの学年からも少し離れた場所にある。

 敷地の中心にあると言った方が近いだろうか。


 旧校舎は、風に削られたように白く褪せていた。

 かつては茶色だったはずの木壁が、陽に焼け、雨に洗われ、

 長い時間をかけて骨のような色になっている。


 近づくほどに、古い木の匂いが濃くなる。

 今の校舎にはもう存在しない匂い。


 窓枠の金具は錆びつき、ガラスはところどころ曇っていた。

 立入禁止の札だけが、色褪せたまま風に揺れている。


 昼休みの喧騒が、ここだけ届かない。

 空気がひんやりしていて、影が濃い。


 誰も来ない場所。

 だけど、誰かがまだここにいるような気配だけが残っていた。


 駆馬は、その静けさに吸い寄せられるように足を踏み入れた。



読了・評価。ありがとうございます。


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