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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
駆馬からカルマへ――とある少年の変質――

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第五話 『外の顔』

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 母は、どんどんとやつれていった。

 目の下には、化粧では隠せない隈ができた。


 肌はカサカサ。

 髪からは艶が消えた。


 目からは生気すらなくなっていく。


 不安になった駆馬は、ある夜、家を出た。

 冷たい夜風に身を縮めながら、闇の中を歩く。


 町の街灯すらも、息を潜めているかのように、夜は深かった。


 そんな深い夜。

 別世界のような光景が街角に出現する。


 周囲の闇を受け付けない光。

 人工的な発光が、夜を制するかのように輝いている。


『コンビニ』だ。


 深夜でも眠らない店。

 恐ろしく現実的な存在。

 それでいて、どこまでも非現実的な存在。


 駆馬は、店の前で立ち止まった。

 ガラス越しに見える店内は、昼間のように明るい。


 母がいた。

 制服を着て、レジに立っていた。


 背筋を伸ばし、笑顔を作っている。

 家では一度も見せなくなった笑顔だった。


「いらっしゃいませー」


 その声は、家で聞くどの声よりも明るかった。

 怒鳴り声でも、ため息でもない。


 作り物の、でも“外の世界に向けた”声。

 駆馬は、胸の奥がざわついた。


 ——母さん、こんな顔できるんだ。


 そう思った瞬間、自分が知らない“母の顔”があることに気づいた。

 家では壊れかけている母が、外では“ちゃんと働く大人”として振る舞っている。

 その落差が、駆馬にはどうしようもなく苦しかった。


 母がレジで客の応対をしている。


 最近では、駆馬を罵倒してばかりの口が、『感謝』を伝え、またの来店を促す。

 定例句を、作った笑顔で口にしている。


 機械でもまねできないほどに、機械的な動き。

 人間性が感じられない。



 笑っていた。



 家では一度も見せなくなった笑顔だった。

 その笑顔は、誰のためのものでもなく、

 ただ“壊れないため”の仮面だった。


「いや〜今日寒いねぇ。夜勤大変でしょ?」

 酔った客が、カウンターに身を乗り出してくる。

 母は引きつった笑顔のまま、「いえ、大丈夫ですよ」と返す。


 その声は、家で聞くどの声よりも明るかった。

 でも、目だけが笑っていなかった。


 駆馬は、胸の奥がざわついた。

 ——母さん、こんな顔できるんだ。

 外では笑えるのに、家では壊れていく。

 その落差が、どうしようもなく苦しかった。



 謝っていた。



「申し訳ありません……こちら、二重で打ってしまって……」



 母の指先が、わずかに震えていた。


 客は舌打ちをして、「ちゃんとしてよ」と吐き捨てる。

 母は笑顔を作ろうとするが、その口元は指先同様、震えていた。


 駆馬は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 家で壊れていく母が、外でも壊れ始めている。



 丁寧に袋詰めをしていた。



 その手が、ふと止まった。

 ほんの一瞬。けれど、その一瞬だけ、

 家で見せる“壊れかけた顔”が覗いた。


 袋の口が、わずかに開いたまま揺れていた。

 母の心の隙間のように。


 すぐに笑顔に戻る。

「ありがとうございましたー」


 その声は明るいのに、袋を持つ指先だけが、かすかに震えていた。


 駆馬は、胸の奥が痛くなるのを感じた。

 外では笑って、外では謝って、外では壊れられない。


 だから家で壊れていく。


 その事実が、どうしようもなく苦しかった。



 家では、笑えない。

 謝れない。

 何もできないほど疲れているのに。


 ——母さんも、外では壊れられないんだ。


 駆馬は、ようやく理解した。

 家で壊れていくのは、外で壊れられないからだ。


 外の世界に合わせるために、家の中で崩れていく。

 その“代償”を、駆馬が受け止めている。


 母がふと、レジの向こうで立ち止まった。

 疲れた目をこすり、深呼吸をする。


 その一瞬だけ、家で見せる“壊れかけた顔”が覗いた。

 でもすぐに、また笑顔に戻る。


 駆馬は、店の前から動けなかった。

 母の“外の顔”を見てしまったから。


 そして――


 その笑顔がどれほど痛々しいものかを知ってしまったから。

 夜風が吹き抜ける。


 駆馬は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 母が怒られるのを見るのが、ただ怖かった。


 コンビニの光が、駆馬の影を長く伸ばしていく。



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