第111話 幕間 ~あるかもしれない『二部』へ向けて~ 後編
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「これが標準制服。濃紺のセーラーに、えんじの無地袴。装飾は一切なし。まるで『個性』を封じるための衣装だよね」
七影のひとりが、宙に浮かぶ七着目の制服を見つめながら呟いた。
「いや、制服って元来そういうものだから」
「個性をなくすことで差別もなくすってやつ」
「最近の風潮からは逆行するけどね」
「そりゃそうだ。大正ロマンだし」
時代を四つも遡っている、と指摘が飛ぶ。
「・・・・・・」
七着目が、宙に浮いて袖を揺らしている。
「で、当然ながら男子制服も用意した」
カルマが続ける。
「これになるね・・・まぁ。女子と比べると『地味』だけど」
彼が指し示したのは、黒一色の詰襟学生服。
金ボタンが五つ、襟には小さく校章の刺繍。
ズボンはストレートのスラックスで、裾はやや短め。
足首がちらりと見える程度。
白の立ち襟シャツに、黒の革靴。
靴下も黒で統一されている。
厚手の綿とウール混の生地は、動きやすさよりも耐久性を重視したものだった。
その姿は、まさに『旧制中学』の名残を感じさせる、無骨で実用的な制服。
規律と秩序を象徴するような、無言の圧力をまとっていた。
「・・・でも、着こなし次第で、案外いけるんだよな」
ひろがぽつりと呟くと、誰かが「たこ焼き屋の店主、いい味を出してたよね」と笑う。
【たこ焼き屋の店主】は、学ランの上に割烹着を羽織り、ねじり鉢巻きを締めていた。
制服の名残を残しながらも、今の自分をしっかりと重ねていた。
そして——
カルマと駆馬。
ふたりは、標準の学ランをきっちりと着こなしていた。
だが、よく見ると、胸元のボタンのひとつだけが違う色をしている。
それは、かつて駆馬が着ていた『旧制服』のボタンだった。
新しい制服に、ひとつだけ残された過去の欠片。
それは、彼の中に確かに残る『人間らしさ』の証のようでもあった。
「色や柄、小物は自由でいい。学校風であって、学校じゃない。だからこそ、好きに着こなせばいい・・・オレ自身、ようやく『制服』を着る意味がわかった気がするよ」」
仮縫い段階の制服を着こなす仲間たちをゆっくりと見まわして、カルマが言う。
妖怪たちは頷いた。
その表情は、年相応の少女のようで、探索者だった頃にはなかった柔らかさがあった。
妖怪になって初めて、彼女たちは『人間の少女』として笑い合うことができていた。
それは、命を超えた者たちだけが手にできる、ささやかな祝福だった。
そして、祭りの準備は静かに、華やかに始まっていく。
その内容はまだ誰にも明かされていない。
けれど、彼女たちの笑顔が、それが『祝祭』であることを物語っていた。
―――――と、そのとき。
「ねぇねぇ、似合う? 似合う〜?」
くるくると回りながら、駆馬ママが教室の中央に舞い降りた。
淡い桜色のセーラー襟ブラウスは、白いレースがふんわりと揺れ、袖口のリボンが蝶のように跳ねる。
濃い紫の袴は裾に黒い羽根模様が広がり、回るたびにまるで『闇』が舞っているようだった。
「・・・似合ってる、とは思う」
しらゆきがぽつりと呟いたが、誰もそれ以上の言葉を続けなかった。
帯は黒とピンクの市松模様。甘さと毒気が混ざったような配色に、視線が自然と逸れる。
ゆるく巻いたロングヘアには、左右に大きなリボン。
その中心には、目玉のような飾りがじっとこちらを見ていた。
胸元には「駆馬命♡」と刺繍されたハート型のブローチが輝いている。
「歩くたびに『コツ、コツ』って音がするの、聞こえる? これ、厚底なの〜♪」
白いレースソックスに黒のローファー。
その足音は、可憐さよりも不気味さを際立たせていた。
「・・・あの、駆馬ママさん」
みどりが勇気を振り絞って声をかける。
「その制服、どこで・・・?」
「えへへ〜、カルマくんが『標準制服を自由に着こなしていい』って言ってたから、ちょっとアレンジしてみたの♡」
満面の笑み。
暗い翼を背負いながら、まるで春の風のように軽やかだった。
「・・・自由って、そういう意味だったかしら」
えいりが肩をすくめると、サラが小さく「火をつけたら燃えるかも」とぼそり。
「でも、似合ってるよね? ねぇねぇ、似合うよね〜?」
再びくるくると回る駆馬ママ。
その笑顔は、確かに可憐だった。
けれど、誰もが一歩だけ距離を取っていた。
それは、制服のせいではない。
彼女の『愛』が、あまりにも濃すぎるからだった。
『祭り』の始まるときが、近づいていた。
廊下の向こうから、太鼓の音がかすかに響いてくる。
どこからか漂う甘い綿菓子の匂いに、誰かが小さくくしゃみをした。
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