第109話 校長、そして祖父 ~孫との邂逅~
本日は3話投稿します。1/3
これで、一応の区切りとなります。
明日は、設定資料としての『妖怪図鑑』を投稿いたします。
校長は、中継拠点の一角に身を潜めていた。
かつては指示を飛ばし、全体を統括していた場所。
だが今は、誰も彼を探さず、誰も彼に従わない。
その仄暗い通路に、校長は腰を下ろしていた。
呼吸は浅く、目は虚ろ。
彼の世界は、静かに沈み始めていた。
彼の手は震えていた。
薬の切れた体か、責任の重みに潰された心か。
それを知る者は、もういなかった。
そこへ、カルマが現れた。
目は澄んでいた。
まるで、誰よりも深く潜って、誰よりも遠くを見てきた者の目だった。
校長は、その姿を見て、何も言わなかった。
言えなかった。
言葉は、もう彼の中に残っていなかった。
ただ、震える指でカルマを指し、かすれた声で言った。
「・・・弁護士に・・・・・・伝えろ」
それだけだった。
カルマは、眉をひそめた。
何かを言いかけたが、校長はもう目を閉じていた。
その言葉が何を意味するか、カルマにはわからなかった。
だが、彼は頷いた。
それが、唯一の『孫への言葉』だったから。
校長の死は、静かだった。
誰にも看取られず、誰にも惜しまれず。
カルマだけがその場にいた。
妖怪たちは遠ざけられていた。
◇旧校舎にたたずむ女性◇
同時刻、旧校舎では女性が佇んでいた。
その手は『ナニカ』をしっかりと捕まえている。
もう二度と、離しはしない。
そんな決意を示すような力強さがある。
「そう・・・亡くなったのね」
呟く声が静かに風に溶けた。
あまり、感情の乗っていない声だった。
まるで、『知らない人』について話しているような冷たさがあった。
「『わたしの知らない世間』の一番の人なのよね」
顎を指先でつまんで、首を傾げる。
『大人』の女性だというのに、仕草は幼く見えた。
「でも、『私』は知ってる。『お義父様』が何を残したかを」
そう言って、女性は目を上げた。
『最近』まで『彼氏』と会っていた旧校舎がある。
学生時代の思い出の場所。
『駆馬』の『父親』との思い出の場所。
それは、校長にとっても『息子』と、そして『孫』ともつながる大切な場所。
「息子との思い出もある『ここ』をそのまま保存するために、買い取った・・・いえ、先祖伝来の土地と交換した話を聞いていたもの」
旧校舎の通路。
その先に、『校長室』がある。
そっと手を触れさせて、寂しそうに笑った。
「そんな気持ちがあるのなら『私』にもう少しだけ、手を差し伸べてくれればよかったのに。そうしていれば・・・というのは意味ないわね」
呟きに答えるように、『カチリ』と音がした。
閉じられていた扉が、開いていく。
木の軋む音。
長く閉じ込められていた空気の匂い。
そんなものが、通路へと染み出した。
校長室へと女性は足を踏み入れた。
『ナニカ』も一緒だ。
そして、見つける。
大量の写真を。
学校行事の度、どこかで写された生徒たちの写真。
よくある写真の数々だ。
だけど・・・。
「素直になれないって罪よね」
哀しそうな呟き。
写真には『必ず』、特定の人物か入っていた。
中心にはいない。
『誰か』または『何か』を写した時に、端にいた。
そんな写真ばかりだ。
『ナニカ』が身じろぎをする。
慄くような気配。
そして、足元が震えた。
乾いた木の床が、湿り気を帯びる。
そんな中、写真立てが目に入る。
校長が何かの行事で挨拶をしている。
その後ろ、なにかを片付けようとしている生徒の背中。
「・・・珍しいわね。お義父様が、誰かと一緒に写っているなんて」
『ナニカ』は気が付いた。
それが『誰の』背中かを。
写真の中の背中が、今の自分と同じ角度で首を傾けていた。
震える手が写真を出す。
そして、そっとノートに挟み込んだ。
「出ましょう。『彼』が戻ったら、弁護士を呼ばないとね」
それまでは、正式には手を出せないのだから。
女性は、毅然とした態度をとろうとして失敗した。
「メイク、まだ慣れてないのに」
『大人』になったばかりの少女は息を吐いた。
メイク直しが大変だと、嘆く声は震えて、湿っていた。
◇
こうして、山形県内にある某高校は全校生266名のうち、『レイドに参加させてもらえなかった1名』を除いて全滅という史上最悪の結果を残した。
歴史に名を残すという野望は果たせたが、そのことを喜んだ者は誰一人いない。
後日、『カルマ』の到着を待って、『駆馬』から弁護士に連絡が入る。
遺言書の存在が確認され、手続きが始まる。
その筆頭には、確かに——『駆馬』の名が記されていた。
それは、校長が忘れたふりをしていた過去。
切り捨てたはずの血の記憶。
そして、最後に残した『唯一の手紙』だった。
『駆馬』は、遺言書を受け取った。
何も言わず、何も問わず。
ただ、静かにそれを胸にしまった。
迷宮の奥で交わされた、たった一言の再会。
それが、すべてだ。
彼は、『レイドに参加させてもらえなかった1名』だった。
公式には、そう説明されている。
◆
レアアイテム=『空蝉』。
蝉の殻、その背に鏡が隠されている。
使用すると『使用者がもう一人生み出される』。
『蝉』と『鏡』。
それぞれに意味はあったのだ。
『殻』ではなく『蝉』ではあったけれど。
鏡に触れたとき、空気が裂けた。
鏡の中で、オレは笑っていた。
笑わなくなったオレの顔で。
「オレが代わろう」
誰も来ない教室で、『カルマ』が言った。
「オレは『感情』が薄いから耐えられる」
『駆馬』は黙ってうなずいた。
『駆馬』はそれからずっと、旧校舎で暮らしていた。
今にして思えば、校長が『ここ』を守ったことが『駆馬』の居場所を守ったことになる。
エピローグ・カーテンコール
◇最期の進行◇
『虫』ダンジョンの通路は、じめっとした空気に満ちていた。
壁は粘膜のようにうねり、足元には黒い殻が散らばっている。
五人は、言葉少なに、ただ上へと進んでいた。
歩きながら、彼女たちは記憶の回廊をも歩いていた。
『あの時』、『あの言葉』、『あの選択』。
いろいろなことが思い出される。
『語る』べき事柄がいかに多いかに気づいて、足が鈍りそうになる。
それでも、歩いていた。
彼女たちのリーダーが『進む』と言っていたからだ。
止まったところで、意味はない。
進むことだけが、彼女たちを肯定する。
誰も口にしなかったが、出口が近いことを感じていた。
でも、それは『外』ではなく、『奥』だった。
先頭の子が、ふと足を止める。
「・・・床、変わった?」
見下ろすと、粘膜のような地面が、いつの間にか乾いた木の板に変わっていた。
踏むたびに、ギシギシと音が鳴る。
壁も、節のある木材に変わっている。
それは、まるで語りの場が彼女たちを迎える準備を始めたようだった。
「これ・・・校舎?」
誰かがつぶやく。
でも、見覚えのあるはずの廊下は、どこか歪んでいた。
天井が低く、窓は曇り、飾り付けは色褪せている。
それでも、確かに『懐かしい』と感じる空間だった。
その瞬間、後ろの子が小さく息を呑む。
「ねえ・・・手、冷たくない?」
彼女の指先は、白く、細く、まるで霧のように輪郭が曖昧になっていた。
他の子たちも、自分の体に違和感を覚え始める。
声が風に混じる。
影が遅れてついてくる。
問いが、胸の奥で形を持ち始める。
彼女たちは、迷宮で『灯』になりつつあった。
逆さ言葉の子は、足音が逆に響く。
沈黙の子は、誰かの声を背中で聞く。
冷静な子は、壁の痕跡を指でなぞる。
年少の子は、飾りの紙を拾って微笑む。
そして、最後の一人が言った。
「・・・ここ、知ってる。昔、来たことある」
その言葉に、誰も返さなかった。
でも、誰も否定しなかった。
廊下の先に、一つの扉が見えた。
その扉には、かすれた文字でこう書かれていた。
『受付』
誰かが、そっと言った。
「・・・行こう。もう、戻る意味はない」
青いリーダーが促す。
誰も、否定しなかった。
それは、迷宮の出口ではなかった。
記憶の奥にある、『始まりの場所』だった。
彼女たちの荷物の中、スマホが明かりをともしていた。
『選択権が行使されます。妖怪化プロセススタート』
『変化先を検索』
『適合する個体を確認』
『天邪鬼、二口女、油取り、座敷童、青行灯』
『肉体の再構成が開始されます』
システムチャットがロールしていく。
それは、彼女たち自身の脳内でもそうだった。
だけど、誰も確認はしなかった。
先頭を行くリーダーが青くなり、二番手の子は後ろ向きに歩き出していた。
前を見て、黙って歩く子は後頭部にできた口で歌を口ずさんでいる。
冷静な子は、自身から滲む油を少し煩わしそうに、でも丁寧に集めていた。
最後の子は、楽しそうに軽やかに歩く。
その手は、白い手に引かれていた。
優しく導く『白い手』。
その腕に、肩はなかったけれど・・・。
スマホの画面に最後の通知が流れた。
『原点の場に接続完了』
それを誰も見なかった。
もう、見る必要はなかった。
廊下の空気が静かに変わる。
木の壁が、彼女たちの問いを吸い込み、床が、彼女たちの足音を記憶する。
青くなったリーダーが、ゆっくりと扉の前に立つ。
『受付』と書かれたその扉は、もう何度も開かれてきたはずなのに、今は、まるで初めて開かれるかのように静かだった。
それは、かつて『誰も訪れなかった』ことの名残。
いま、再び『誰か』が通る場所として機能を取り戻す。
彼女たちは、扉の前で立ち止まる。
誰も手を伸ばさない。
それは、主を迎えるための『間』だった。
廊下の奥、風が吹く。
遠くで、足音がひとつ、近づいてくる。
カルマが、旧校舎の入り口に立っていた。
カルマは『人間バージョンの妖怪』たちを引き連れ、とある学校の旧校舎にいた。
彼にとっては『故郷』とも呼べる、『聖域』だ。
廊下の先、少し戸惑った様子の『妖怪』たちを見つけ、静かに頷いた。
「・・・来たんだね、君たちも」
わずかな動作で、一緒に来るように促す。
少し後ろで真梨華が何かした気配があった。
彼女たちも小さな会釈を返して、従った。
カルマは慣れた様子で入っていき、とある教室で足を止める。
「おかえり」
椅子に座ったまま、男のシルエットが迎えてくれた。
かすれた文字が『受付』と読める。
色褪せた飾り付けが、カサカサと音を立てた。
『?!』
妖怪たちが息を呑む。
「これからどうしようか?」
カルマと、たくさんの妖怪たち。
双方に手を差し伸べて迎えてくれたシルエット。
『戸脇駆馬』が愉しげに笑いかけた。
全員が椅子に座った。
誰も言葉を発さず、始まりの場に静寂が満ちる。
そのとき、扉がもう一度、ギィ・・・と音を立てて開いた。
「遅れてごめん。始まってる?」
制服姿の少女が、何食わぬ顔で入ってきた。
その目は、どこか懐かしく、でも深く澄んでいた。
駆馬が、ほんの少しだけ目を伏せる。
「・・・母さん」
誰も驚かなかった。
ただ、最初から空いていた椅子に、彼女は当然のように腰を下ろす。
その背中に、暗い羽根色の翼があったが、誰も驚かなかった。
制服姿の少女は、カルマを見て、駆馬を見た。
どちらも『息子』だった。
でも、今は『仲間』として、そこに座っていた。
カルマの目がわずかに開き、指先が、ほんの少しだけ震えた。
妖怪たちは『欠けていた何か』がはまるのを感じていた。
ずっと、存在していた『カルマから見た世界の不完全さ』が、彼女によって埋まったのだと気づいたのだ。
教室には、椅子のきしむ音すらない静寂が満ちていた。
誰もが座っている
誰もが、いまここに『いる』。
戸脇駆馬が、もう一度、問いかける。
「・・・で、これからどうしようか?」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
でも、誰も目をそらさなかった。
迷宮の灯たちが、静かに顔を上げる。
『学園祭』は、ここから始まる。
『妖怪』が取り仕切る、人間を客とする『学園祭』。
『ダンジョン』で繰り広げられる『祭り』の始まりだ。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




