第108話 観客のいない観客席 ~堕落した裏方たち~
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◇即興劇を台本に起こす者◇
その教師は、迷宮の隅に座り、タブレットを操作している。
指は震えていない。
目は冷静だが、どこか虚ろ。
彼は、教師としての責任を果たすために記録している――そう信じている。
「記録しておけば、責任は果たしたことになる・・・はずだ」
でも、その言葉には自分への言い訳が混じっている。
『生徒』の、『妖怪たち』の、問いに答えることが怖い。
答えれば、自分の『加担』が明るみに出る。
だから、記録に逃げる。
その教師は、かつて『問いを持つことの大切さ』を教えていた。
作文指導、発表会、討論――—生徒に「言葉の力」を教えていた。
でも、カルマの事件のとき、彼は黙っていた。
それが、今も彼の胸を締めつけている。
「問いを持つことは、自分にも相手にも責任を持つことだ。・・・だから、俺は問いを持てない、答えられれない」
彼は、自分が『語る資格を失った』と判断している。
でも、記録することで、語る者の背中を支えようとしている。
「俺は問わない、答えない、ただ・・・証明する。ここに、『誰か』いた、と」
彼は、最後まで『記録』し続けた。
いつ『終わった』のか。
知る者は少ない。
ただ、カルマの呟きが残るのみだ。
「台本の但し書きは消さない。上書きするだけだ」
筋書だけで舞台はできない。
動きの記録だけでは演じられない。
演出があって、舞台になる。
最後の一文は、途中で途切れていた。
『ここに、いたのは——』。
『記録』は、誰かの『演出』を待っている。
◇元照明さん◇
彼女は、教室の隅に膝をつき、手を合わせている。
目は閉じられ、声はかすれている。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・」
その言葉は、誰にも届かない。
誰に向けたものかも、彼女自身わかっていない。
彼女は、かつて『心のケア』を担当していた教師だった。
生徒の悩みに耳を傾け、言葉を選び、寄り添っていた。
でも、カルマの事件のとき、彼女は沈黙した。
「何も言えなかった。何もできなかった」
その後悔が、彼女を“語れない者”に変えた。
「謝ることで、何かが戻るなら・・・」
「誰に、何を、謝っているの?」
問いは、迷宮の壁に消えた。
彼女が答えを持っていないことは明らかだった。
漠然と何かに謝罪している『ような行動』をとっているだけだった。
もう、カルマのことも頭にはない。
ただ、『祈る』ことで無心になれる。
そんな自分の心の迷路、その奥に引きこもっているだけだ。
『鬼』が背中から抱きしめた。
彼女は小さく息を吐いて、横になった。
暗転。
彼女の祈りは、舞台の奥へと沈んでいった。
『鬼』は目をつぶっていた。
だけど、その腕の感触を『鬼』は決して忘れないだろう。
かつては、生徒たちに出口は無理でも、歩き方は伝えられていたはずだった。
だけど、今の彼女の手に、足元を照らす明りはない。
迷路から解放された彼女の魂がどこへ行くか、それは迷宮だけが知っている。
◇パントマイム◇
彼は、教室の中央に立っている・・・つもりになっている。
存在しない黒板に向かって、ペンを持ち、何かを書こうとしている。
でも、手は止まる。
「次のテストでは・・・いや、テストはしない、何を試せばいいかわからない・・・」
その言葉は、語りのようで語りではない。
彼は、かつての『教師』という役割を演じ続けているだけ。
彼は、かつて『厳格な指導』を信条としていた。
ルール、評価、指導――それが教育だと信じていた。
でも、カルマの事件で、その『教育の形』が崩れた。
彼はそれを認められず、崩れた記憶の中で演技を続けている。
「教師であることが、俺のすべてだった。・・・それ以外、何もない」
彼の目には映っていた。
妖怪たちが同僚に歩み寄る姿が。
なのに、何も見てはいなかった。
彼の目には、『一生懸命に勉学に励む愛すべき生徒たち』しか映らない。
幕は降りない。
彼だけが、舞台に残された。
のちに、木造校舎で授業を続ける教師のうわさが広がる。
ただ、その『名前』は誰も知らない。
◇大道具◇
彼は、迷宮の片隅に座っている。
目を閉じ、呼吸は浅く、動きはない。
妖怪たちは彼に問いを投げない。
カルマも、彼に目を向けない。
それは、語りの場が彼を『語る対象』として認識していないことの証。
迷宮は、語りの場。
語られなかった者は、迷宮の記憶に溶け込む。
でも、沈黙を選んだ者は、記憶としても残らない。
ただ、空間の一部として、静かに溶けていく。
彼は消える。
彼が置いた道具は残された。
「・・・」
木造校舎のダンジョン。
その一角に、巨石が鎮座する部屋がある。
他にこれといった特徴のない部屋だ。
ただ、時折、『この岩が話し始めるときがある』そんな話を聞くことがある・・・らしい。
「観客(生徒)のいない役者(教師)か、みじめなものだな」
カルマが、総評を口にした。
「誰も見ていないのに、演じ続ける。・・・それが、彼らの最後の『役』だったんだね」
悠の声は、誰にも届かない舞台に落ちていった。
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