第107話 舞台袖の観客たち ~静かなる退場~
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「彼女たちは『人間』だったね」
再び歩き始めた『探索者』たちに視線を向けたまま、カルマが呟いた。
妖怪たちの背筋が伸びる。
『人間』だった時、『人間性』を失っていたことに気が付き、苦しんだ者たちだ。
身につまされすぎている実感だったからだ。
人の痛みを『娯楽』に、笑いに変えた。
人の心に『価値』を与えなかった。
人の命を『結果』でしか見なかった。
『人間性』を捨て、なにか別のものに憑りつかれていたのだ。
そのことに、『人間』として死んでから気が付いた。
『妖怪』として『再誕』して、初めて気が付いた。
それなのに、ウィンドゥの向こうにいる彼女たちは『人間』でいる間に気が付いている。
それは、尊敬に値した。
自分たちにはできていなかったことだから。
転んで傷ついていた仲間の腕、血の滲んだ包帯を巻きなおしてあげている姿。
声を掛け合う様子が、ひどく眩しい。
傘の影に顔を隠す者、自分の冷たい指先を気にする振りをする者。
正視できずにいる者が多かった。
「それに比べて・・・」
カルマの瞳が冷たく光る。
25階層。
現在『ダンジョン』内にいる『お客様』の集団を見据えていた。
ある者は酒に逃げて酔っ払い。
ある者は『生徒』を殺そうと殺意を研ぎ澄ましている。
『教師』も『人間』も見当たらない。
妖怪たちは息を吐いた。
カルマは明言しなかったし、自覚があったのかも疑わしい。
だけど、『教師』たちにはチャンスを与えていた。
生徒の多くには63階層での一掃のみ。
一切のチャンスを与えず、慈悲も見せなかったのに、だ。
『真梨華』を使っての通告がそれだった。
地上に出て訴える。
責任を追及する。
これをどう受け止めるのか?
教師たちの『総意』は、『生徒の殲滅』だった。
説得ではない。
自己弁護でもない。
いきなりの『殺戮』。
『教師』として、『人間』として、『大人』として。
それは『正しい』か?
『納得』は可能か?
ムリだろう。
そして、それは50階層の者たちだけでなく25階層の者でも同じらしい。
いっそ潔いと言いたくなるほど、自分たち大事であるようだ。
「・・・それでも、あの人たちは教師だったんだよね」
「だった、だね。今はただの『役職の残骸』だよ」
その役職自体、今では詐称ではなかったか疑いを持つ。
そのくらい、カルマの中で、彼らの存在は『空っぽ』だった。
『教師』という『仮面』があってようやく存在していた人たち。
その仮面もなくなった今、カルマに彼らの『顔』は見えていなかった。
目も鼻も口もない。
平らな、『空白』だ。
「困ったね」
まったく困っていない顔で、カルマが呟いた。
それは、真梨華を差し向けた時と全く同じ顔と言葉だった。
悠はそっと目を閉じた。
妖怪の仲間が何人か、ここにいない理由を嚙み締める。
63階層の惨状が瞼に浮かんでいた。
『生存者』として真梨華と、他の、本物の、『生存者』と合流していた妖怪たち。
彼女たちは今、25階層に向っている。
『妖怪』の中でも、特に容赦のない者たちが。
◇『顔』のない襲撃者◇
25階層まであと少し。
そんな通路で・・・。
「来たぞ!」
声が上がった。
杖を持った教師が、詠唱を始める。
剣を持った教師が魔法に合わせて飛び出すべく力をためる。
『生徒たち』を待伏せしようという『教師』の一団だった。
「・・・ばか、な・・・」
最後の一人が崩れ落ちた。
照明が落ちるように、教師だった者たちの姿が消えた。
彼らは知らなかった。
目の前にいるのが、『人間』ではないことを。
「脆いな」
教師を壁のシミに変えた『鬼』が、首を振る。
「信念がないからさ」
風と雷を操る『天狗』は素っ気ない。
「群れてはみても、『個』では・・・」
戦いにならない、と首を振る『鶴女房』。
背後の亡霊が、かつての自分を重ねている。
「下しか見てこなかった者は、視野が狭い」
『生徒』を支配下に置いていると思い込んでいたのでは『対等』にはなれないのだと『達磨』が静かに言葉を浮かべた。
25階層に留まる『教師』の半数が、ここに散った。
「『顔』がない割に、一度で終わったね」
終わりを見届けて、カルマが肩をすくめた。
「ん? 一度で終わらないの? 顔がないと?」
不思議そうに悠が首を傾げた。
「顔がないって、あれでしょ? 終わったと思ったところでもう一度来る。『再度の怪』。つまりは『のっぺらぼう』のことよ」
テケテケの園山裕子が、少し呆れた風に口を挟んだ。
椅子に座り、静かに「足」をさすっていたのだ。
スカートを穿いていることも、そこから足が出ていることも、いとおしいらしい。
「ああ! 『そいつは、こんな顔でしたかい?』ってやつ!」
知ってる!
悠が手を叩いた。
「そっかー。最後まで『役』になり切れなかったんだね」
首をフルフルと振っている。
残念そうだ。
顔がない者は、誰かの記憶にも残らず闇に溶けていく。
◇管を巻く者に絡む糸◇
「ちっ、もう、どうでもいい、もう、おわりだ」
酒瓶を抱え、酒の匂いを纏わせながら、男は『酔えない』体を横たえていた。
酒は飽きるほど飲んだ。
だが頭が冴えて酔えない。
眠れない。
『生徒』の命を奪う決断は重かった。
『責任』と立ち向かうのは強かった。
教師という立場に戻る『理由』も『資格』も、もうなかった。
その首に、やさしく糸が絡まった。
「おやすみなさい」
沈黙が訪れる。
舞台袖から、誰かが静かに拍手した
夜に抱かれていくような終わり方。
迷宮のどこかで、誰かがそっと息を吐いた。
それは、ささやかな安堵だった。
「静かだったね。とても『蜘蛛』らしい『終わらせ方』だ」
カルマの呟きが落ちる。
「ゆっくり眠れそうかな?」
「さあ、どうだろうね」
幕が揺れる。
次の場面が始まる
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