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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第106話 残された探索者たち③ ~記憶を導く~

2/2

 


 ◇元B班年少の子(記憶の灯)◇


 彼女は、油の染みを見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「・・・ボクも、呼ばれたことがある。手を引いてくれた人がいた。・・・でも、今は、もういない」


 誰もが、彼女の言葉に耳を傾ける。

 それは、語りというより、記憶の断片のようだった。


「その人は、ボクより年上で、いつも前を歩いてた。迷宮の中でも、怖い時でも、ずっと手を引いてくれてた」


 彼女の声は、静かだった。

 でも、その静けさの中に、ぽっかりと空いた穴のような喪失感があった。


「ある日、ボクが転んだ時、すぐに戻ってきてくれた。・・・でも、それが、最後だった」


 沈黙の少女が、彼女の手を見つめた。


「その人は、強かったから役目があった。・・・それで、帰ってこなかった」


 彼女は、拳を握った。


「ボクは、何もできなかった。泣くことしかできなかった。・・・でも、あの人は、最後まで笑ってた」


 沈黙が落ちる。

 冷静な少女が、眼鏡を拭いていた。


「・・・ボク、今でも、手を引かれてる気がする。誰もいないのに、前に進めるのは・・・その人が、まだ、ボクの手を握ってるからだと思う」


 彼女のスマホが、静かに光った。

 誰かが、そっと自分の手を握りしめた。


『語り終了得点:4/5』


 彼女は、そっと手を開いた。

 そこには、何もなかった。

 でも、彼女の目には、誰かの手が、まだそこにあるように見えていた。


 違う。


 誰かが息を呑んだ。

 白くて細い腕が、するりと影の中へ消えていった。

 消える直前、その腕は年少の少女の頭を撫でたようだった。



 語り終了得点:4/5



 ◇旧先駆けB班のリーダー(導きの灯)◇


 場が静まり返る。

 スマホの画面には、変わらず『語り終了得点:4/5』の文字。


 誰かが、ぽつりと呟く。


「・・・あとひとり。リーダーが語れば、終わる」


 でも、彼女は口を開かない。

 その胸の奥で、ずっと響いていた言葉があった。



「あなたが、生き残った者たちを導きなさい。私には、もうその資格がない」



 それは、真梨華が姿を消す寸前に言った言葉だった。

 彼女は、ずっと自問し続けていた。


「私に、その資格はあるのか?」


 語ることは、選ばれること。

 選ばれることは、導くこと。

 でも、彼女は、誰かを選ぶことが怖かった。


 沈黙の灯が語った。

 理性の灯が語った。

 記憶の灯が語った。

 それぞれの痛みが、彼女の中に積もっていく。


「・・・真梨華は、強かった。だから、選べた。だから、背負った。・・・でも、私は、選べなかった」


 彼女は、拳を握った。

 彼女は、誰の視線にも応えず、ただスマホを見つめていた。

 画面には、変わらず『語り終了得点:4/5』の文字。


「誰かを守るために、誰かを犠牲にする。それが『導き』なら、私はそんな資格、いらない」


 誰もが、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 でも、誰も口を開かなかった。


「でも・・・違う。みんな、語った。迷って、苦しんで、それでも語った」


 彼女は、顔を上げた。


「導くって、選ぶことじゃない。背負うことでもない。・・・ただ、前に進むこと。誰かの声を、手を、痛みを、忘れずに」


「私は、進む。迷っても、怖くても。・・・それが、私の『導き』だと思うから」

 それは『犠牲』を選ばない覚悟。

 それは『自分』を犠牲にする覚悟。


 進む先で何かがあれば、最初につまずくのは自分。

 そこに『犠牲』が必要なら、使われるのは『自分』。

『選ばない』という『選択』とはそういうこと。


 その言葉が落ちた瞬間、彼女のスマホが静かに光った。


『語り終了得点:5/5』


 場の空気が、静かに震えた。

 誰かのスマホに、新たな通知が届く。

 スマホが淡い青に光り、微かな振動が指先をくすぐった。



『システムチャット:更新』


『運命の選択権、発動準備完了』



 彼女は、画面を見つめながら、そっと呟いた。


「・・・真梨華。私は、進んでいるよ」




『語り終了得点:5/5』


 その文字が、全員のスマホに表示された瞬間、場の空気が変わった。


 迷宮の壁が、わずかに震える。

 誰かがそっと周囲をうかがった。

 誰かが、スマホを見つめたまま動けなくなる。


 そして——


 リーダーのスマホが、青く光った。


 それは、淡く、静かで、でも確かに『違う』色だった。

 画面はゆっくりと消え、代わりに彼女の瞳が、青く淡く輝き始める。


「・・・なに、これ・・・?」


 誰かが呟いた。

 その声に、誰も答えなかった。


 迷宮の壁に、青い火が灯る。

 ぽつり、ぽつりと、語りの場を囲むように。

 まるで、彼女の語りが空間そのものを染めていくようだった。


 彼女は、静かに立ち上がる。

 その背後に、青い灯が揺れる。

 誰かが、震える声で言った。


「語りの終わりに現れる者・・・え? これ『百物語』なの?」


 怪談なんてしてないのに!

 そう非難する響きがあった。

 同時に納得の和音が伝わる。


 今、自分たちが語っていた内容は、『怪談』より怖い。

 なにより、『この場はそういう場』という認識と完全に和合している。


 彼女は、振り返らなかった。

 ただ、前を見つめていた。

 正確には、脳内のチャット画面に意識が向いている。


『システムチャット』にメッセージが羅列されていたのだ。


『【語りの最後を担いし者】の称号が与えられます』

『選択権付与、【妖怪:青行灯】』


『妖怪化を受け入れますか? 【YES/NO】』


(もしYESを選んだら、もう人間には戻れないかもしれない。だけど・・・)


「私は、語りを終えた。だから、語りを始める者になる」


 その声は、静かで、澄んでいた。

 でも、誰もがその言葉の重さを感じていた。


「どういうこと?」


 年少の子が、ぽつりと呟いた。

 彼女は、少しだけ微笑んだ。


「ただ、前に進むこと。それが・・・私の『導き』」


 それは、たったいま語られた覚悟。


「私たちは、地上を目指す。それは変わらない」


 誰かが地上に出て、『変化』を知らせなくてはならない。

 それは、自分たちであるべき。


 彼女の言葉に、誰かが小さく頷いた。

 そして、ぽつりと呟いた。


「・・・進まなきゃ」


 その声に、青い火が揺れた。

 語りの場が、再び動き始める。


『青行灯』となった彼女は、静かにその中心に立っていた。

 青行灯は、語られた記憶を灯す者。

 忘れられた声を、静かに照らす存在。


 語りの導き手として。

 語りの終着点として。

 そして、語りの始まりとして。


 迷宮の空気が、静かに震えた。

 語りの灯が、次の者へと渡されていく。


『話す』ことではなく『進む』ことによって。

『語り』とは音ではないから。



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