第105話 残された探索者たち② ~沈黙する冷静さ~
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『システムチャット:更新』
「え? 『システムチャット』機能してたの?!」
脳内に出たチャット画面に驚いて誰かが声を上げた。
一斉にスマホを覗き込む。
脳内チャットでも内容は読めるが、スマホのほうがより詳細な情報が見れる。
「私のにも、きてる」
「私も」
「同じく」
「行動を共にしていたから、パーティ認定されていたんだな」
全員に同じメッセージが来ていることを確認した。
『指名クエストの発生』
「しかも、クエストときたか」
この状況下で!
『パーティ全員の「口にできない思い」を披露せよ』
『報酬:「運命の選択権」』
『期間:「命のある限り有効」』
『※一定期間を経過すると、自動的に選択が行われる可能性あり』
その文字を見て、誰かが呟く。
「・・・これって、語らなきゃ『選ばれる』ってこと?」
何を選ばれるのか。
わからない怖さに身が震えた。
「ぁ・・・」
声を上げたのは『逆さ言葉』の彼女だ。
口を開こうとして、一瞬沈黙、自分のスマホを隣に見せた。
「え? ・・・あー、逆さ・・・・えと・・・」
隣の子は、自分で話すとどう表現するかわからないから任された、と気づいて頷いた。
「『語り終了得点: :1/5』」」
その数字が、彼女のスマホ画面に表示されていた。
他の子たちも、自分の画面を確認する。
そこには、同じ「1/5」の表示。
「・・・もう、語ったことになってるんだ」
誰かが呟く。
彼女は、静かに頷いた。
あの“逆さまの言葉”が、すでに語りとして記録されていたのだ。
「じゃあ・・・あと4人」
「語らなきゃ、何かを『選ばれる』ってことか」
再びその言葉が、空気を震わせる。
誰もが、スマホを見つめながら、沈黙する。
その沈黙は、重く、深く、まるで迷宮の壁が、彼らの心を覗いているかのようだった。
何を『語れ』と言われているかは何となく理解していた。
自分の中にあって、存在感が重い。
外には出せないモノ。
それを出せと言われているのだと。
そして——誰かが、そっと息を吸った。
語りの灯が、次にともる気配がした。
◇糸部屋組の生き残り(沈黙の灯)◇
彼女は、スマホを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「・・・あの、『呪いの主』。私は見てたんだよ」
誰かが息を呑む。
空気が、少しだけ重くなる。
知っていた子がそっと視線を外した。
「動けなかった。みんな、糸に捕まってて・・・声も出せなくて」
彼女の声は、震えていた。
「リーダーが、『沈黙』を命じたの。音を立てたら、次は誰がやられるかわからないって。だから、私たち・・・ただ、黙ってた」
迷宮の空気が、ひんやりと冷える。
誰かが、靴紐を弄りながら、何も見ていない目を足元に落としていた。
「でも・・・聞こえてたんだ。泣いてる声。私の名前を呼ぶ声」
彼女は、膝の上で拳を握りしめた。
「怖かった。動けなかった。声も出せなかった。・・・怖くて、怖くて」
沈黙が落ちる。
誰かが、そっと自分の耳を抑えた。
「・・・私、『軽業師』って称号、持ってたんだよ。縄抜けのスキルがあって・・・」
一瞬、誰かが彼女を見る。
「でも、使わなかった。使えなかった。・・・いや、使わなかったんだと思う」
動いたら、誰かが見つかる。
誰かが、次にやられる。
「そう思ったから・・・」
彼女は、顔を伏せる。
「でも、あの子は、最後まで呼んでた。私の名前を。助けて、って」
声が、少しだけ震えた。
「『沈黙』は、正しかったのかもしれない。誰かが動いてたら、全滅してたかもしれない。でも・・・」
「でも、私は、あの子を見捨てたんだよ」
その言葉が落ちた瞬間、彼女のスマホが静かに光った。
『語り終了得点:2/5』
彼女は、顔を上げなかった。
でも、その背中は、少しだけ震えていた。
◇冷静な分析タイプ(理性の灯)◇
「・・・ウソはいけないわね」
沈黙の中で、眼鏡の奥の瞳が静かに光る。
彼女は、眼鏡を持ち上げながら、うつむく少女を見つめた。
「え・・・?」
「『あの子』は、もう虫の息だった。足を動かすのがやっとで、声なんて出せなかった。『助けて』なんて言ってない。名前も呼んでない」
言葉は冷たく、正確だった。
まるで、記録を読み上げるように。
「・・・私は、見えてたの。あの子の状態。だから、助けない方が効率的だと判断した」
沈黙の少女が、数度唇を嚙んだ。
それはまるで、自分の唇に罰を与えるようだった。
「動けば、他の子が巻き込まれる。リスクが高すぎる。だから、私は動かなかった。・・・それが、最善だった」
彼女の声は、揺れなかった。
でも、その手は、わずかに震えていた。
「優しさって、何かしら。助けること? それとも、守ること? ・・・」
少し考えてみせる。
「私は、守った。・・・少なくとも、そう思いたい」
そして、断じた。
彼女の言葉が迷宮に溶けていく。
誰も、すぐには口を開けなかった。
冷静なはずの語りが、なぜか空気をざらつかせる。
その『正しさ』が、誰かの胸を締めつけていた。
「・・・それでも、助けたかったって思ったこと、ないの?」
ぽつりと、誰かが呟いた
問いではなく、ただの感情の漏れだった。
彼女は答えなかった。
ただ、眼鏡を直した。
その動きは、いつも通り冷静だった。
でも、誰もが気づいていた。
その瞳の奥に、揺れがあったことを。
その揺れを見て、誰かがスマホ見た。
握りしめたまま、画面は見ていない。
『語り終了得点:3/5』
数字は進んでいる。
でも、心は、まだその場に留まっていた。
迷宮の空気が、静かに震える。
次の語り手の灯が、ゆっくりと灯り始める。
その言葉が落ちた瞬間、彼女のスマホが静かに光った。
◇語り終えた者の変化◇
「助けて、言ってた、名前、呼ばれた」
沈黙の少女が訴えた。
「・・・・・・」
本人は真顔のまま、座っている。
「え? わたし、なにも・・・」
言っていない、そう言おうとした彼女の後ろ頭から何かの影が浮き上がった。
黒い影なのに、口元だけが妙に印象に残った。
黒一色なのに、唇だけ赤い印象を受ける。
そして――
「わた・・・し、よばれた。たすけて・・・いってた」
舌っ足らずな主張が繰り返される。
全員が、小さく頷いて、丁重に無視された。
それが、この場の『決まり』だ、と。
「これ・・・は・・・」
冷静な少女が、茫然と掌に視線を落とした。
彼女の座る床に、妙にねばつく液体――『油』が染みてきていた。
どこからともなく『油』を集めているように見える。
色合いや匂いが、微妙に違う。
それぞれが、『誰か』からしみだしているような気がした。
これも、丁重に無視された。
誰かが一瞬だけその染みを見た。
けれど、何も言わず、靴紐を結び直すふりをした。
何かしら、不思議なことが起きる。
この場はそういう場なのだ。
◇
油の染みを見つめながら、年少の子がぽつりと呟く。
「・・・ボクも、呼ばれたことがある。手を引いてくれた人がいた。・・・でも、今は、もういない」
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




