第104話 残された探索者たち① ~連鎖する言葉~
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「ねぇ・・・」
双子を見送った生徒たち。
互いの顔に『不安』を感じて立ちすくんでいた。
地上を目指した時、20人ほどいたはずだった。
それが今、5人しかいない。
「真梨華、どこ行ったのよ・・・」
「他の子たちもよ。真梨華と一緒に来てた子、全員いないじゃない」
残っているのは旧先駆けB班と、後詰の『糸部屋組』の生き残りだけだった。
「私たち、何も考えないで走ってきたよね」
「一度、立ち止まって考えよう。疲れもあるし」
5人は、迷宮の静けさの中で腰を下ろす。
誰かが水筒を差し出し、誰かが靴紐を結び直す。
5人は、迷宮の静けさの中で腰を下ろした。 誰かが水筒を回し、誰かが靴紐を結び直す。 誰かが「この後どうする?」と、少しだけ軽い声を出した。
「双子、ちょっと怖かったけど・・・優しかったよね」
「うん。あの『がんばってね』って、なんか・・・じんわり沁みた」
笑い声が、ほんの少しだけ戻ってくる。
それは、迷宮の中で見つけた『人間らしさ』の残り香だった。
彼女は、黙っていた。
笑い声の輪の外で、じっと靴の先を見つめていた。
——「がんばれよ!」
あの時、自分が言った言葉。
泣いていた子は笑って「うん」と言った。
でも、次の日にはいなくなっていた。
(あの笑顔、双子と同じだった・・・)
心が揺れる。
胡麻化すように動いた視線が仲間の靴を捉えた。
探索者たちが休憩している中、彼女は誰かの足元を見て声を上げた。
「うわっ、その靴、ピッカピカじゃん! 新品かよ〜!」
言われた子が思わず足元を見下ろす。
つま先は擦り切れ、紐も片方ちぎれていた。
「・・・え? これ、ボロボロだよ?」
「え〜? なに言ってんの、めっちゃ綺麗じゃん! 最高!」
「それって褒めてるの? けなしてるの?」
彼女は笑っていた。
でも、その笑顔は、どこか引きつっていた。
周囲は少しずつ違和感を覚え始める。
誰かが水を飲み、誰かが武器の手入れを始める中、彼女も腰の短剣を取り出した。
布で丁寧に拭きながら、刃先を覗き込む。
「うわ〜、この刃、歪みすぎててヤバい! 錆もひどっ!」
隣の子が覗き込む。
「・・・え? めっちゃ綺麗だけど?」
刃はまっすぐで、光を反射していた。
錆なんて、どこにもなかった。
「いやいや、見てよこれ! ぐにゃって曲がってるし、錆びてるし〜!」
彼女は笑いながら刃先を指差す。
でも、その指は、空を指していた。
周囲の空気が張り詰めていく。
誰もが、彼女の言葉に違和感を覚えていた。
でも、それが何なのか、はっきりとは掴めなかった。
彼女は、笑っていた。
でも、その笑顔は、誰にも届いていなかった。
(・・・なんでそんなこと言ったの?)
彼女自身も混乱していた。
喉の奥が熱くて、言葉が泡になって弾けた。
口が勝手に動き、言葉が逆さまになっている。
刃に映る自分の顔は笑っていた。
笑っているのに、空気が冷えていく。
(やめて。もう喋りたくない。何も言いたくない)
「・・・もしかして『逆に』なってる?」
元先駆けB班のリーダーが言葉を落とした。
「あっ」
「逆さ言葉か! 言葉の意味が反転するってやつだ! 『余裕』が『ムリ』になるみたいに?」
『言葉』と『思い』が逆転するということだ。
他の者たちも気づく。
そうだ。
逆さ言葉なのだ、と。
でも、なんで?
疑問は浮かぶ。
そんな視線が向けられている。
口元に手を当てる。
言葉を止めようとしている仕草だと誰もがわかったはずだ。
でも、喉の奥が熱くなって、言葉がこぼれた。
「・・・あの子、さぼってたからさ。わたし、言っちゃったんだよ。『だらけてろ』って」
言葉がおかしい、でも『逆になっている』と気がついて聞く者には痛すぎた。
(やめて。話したくなんてないのに! あ、あれ? ・・・)
(『頑張れ』って言ったつもりが、『だらけてろ』になってた・・・?)
「そしたら、次の日、当たり前の顔で普通にいたんだ。もっと『頑張れよ』って、言えばよかったよな」
普通にいた。
逆さ言葉で訳せば・・・。
ありえない形で『いなくなった』、だ。
いつもそばにいた『誰か』。
きっと、仲がよかっただろう『誰か』が。
彼女は語り続ける。
涙を流しながら、笑っていた。
「始まりの日、あの子、『泣いてた』。『さよなら』って言わなかった。あれは『希望』だったんだって今でも理解できない」
『笑ってた』、『ありがとう』、『絶望』。
それが、今なら『理解』できる。
「・・・わたし、試したかっただけなのに。なのに、言葉で人を守った。だから、私は正しいことを言うんだ。わたしの言葉は、もう絶対に正しいんだから」
確信めいた言葉。
なのに、口調はかすれて震えている。
迷宮の壁が軋む。
沈黙が落ちた。
誰も、何も言わなかった。
その中で、元先駆けB班のリーダーが静かに言葉を落とす。
「それだけ? 終わりなの?」
彼女は目を見開いた。
その言葉は、優しくて、鋭かった。
何かを確認する目だった。
(・・・まだ、話さなきゃいけないの?)
肩が落ちる。
何か言おうとして——
でも、その瞬間——口が、閉じた。
行動も逆だった。
黙ろうとすれば話し続け、話そうとすれば止まる。
喉の奥が静かになり、言葉が止まった。
涙も止まり、笑顔も消えた。
ただ、静かだった。
誰も、何も言わなかった。
でも、誰もがわかっていた。
語りつくせぬ思いこそが、沈黙になると。
その沈黙は、雄弁だった。
言葉よりも深く、空気を揺らした。
迷宮の壁が、わずかに震えた。
誰かの影が、彼女の背後で揺れた。
でも、彼女は振り返らなかった。
「・・・これ、『確実』に何か始まってるよね?」
元先駆けB班のリーダーが頭を抱えて、その言葉を、一言一言確認しながら口にした。
双子から、『何か』の流れが始まっている。
そんな気配が周囲を取り巻いていた。
その時——、一人の視線が、彼女に向けられた。
次に語るべき者の目だった。
その目は、まだ迷っていた。
でも、問いはすでに始まっていた。
◇観察者~カルマ視点~◇
「・・・何か、始まったな」
「妖怪化?」
カルマの呟きに呼応して、悠がウィンドゥを覗き込んだ。
新しい『仲間』が増えるのかと期待顔だ。
「そうかもね」
カルマが頷く。
「どんな子かなぁ」
楽しみ!
ちょっと言葉を弾ませる悠。
カルマの頬が少し緩んだ。
本人に自覚はなかったが。
「ここまでの逃避行で、積みあがったストレスが一定段階を超えた・・・そんなとこかな? どう? 合ってるか?」
問いは『システム』に向けてのものだ。
『その通りです。ダンジョン内での『妖怪化』のプロセスが形式化しつつあります。今後、ある程度の条件が整えば、『妖怪化』は一般化する可能性があります』
『ダンジョンマスター』や『システム』の介在なしで『妖怪化』するモノが出たことから、予想はできたことだった。
迷宮内での『現象』となりつつある。
「今から始まるのはさしずめ、『百物語』かな?」
百の語りが終わると、何かが現れる。
そんな伝承がある。
夏の怪談話における『定番』だ。
ここで『百』も語りが行われるとは思わないが、『形』は似たものになる。
『妖怪化』が起きる『迷宮』でそれが行われる。
何が起きるのか・・・。
『何か』が起きそうな予感が止まらない。
「まず見ていようか。ただし、道筋は提示しておこう」
物語は、静かに次の章へと進んでいく。
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