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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第103話 地上へ向かう生徒たち ~傷つける優しさ~

1/2

 


「ねぇ・・・」

「なに?」

「どう思う?」

「なにがよ」

 隊列の最後尾、双子は自分たちにしか聞こえない声で、自分たちにしかわからない会話を始めていた。


「わかってるでしょ?」

「考えちゃ、ダメ」

 気がかりを口にする妹。

 意識することすら否定する姉。


「でも・・・」

「ダメったら、ダメ!」

 二人はずっと『ソレ』を繰り返していた。


『糞球』で固められた状態から助けられてからずっと。

 平常通りに見えているが、それはつまり、二人はおかしくなっていた。


 いや・・・それは違う。


 元からおかしかったのだ。

 それは、彼女たちの嗜好が異常だったということではない。

 無関係ではないが、『結果』に過ぎなかった。

 最後の一押しだっただけだ。


 彼女たちはずいぶん前から、精神的ストレスで人格が崩壊寸前だった。

 『何か』にやたら夢中で奔放に見えたのは、刺激に依存していたからだ。

 だからこその、ちょっと価値観の壊れた際どい発言だった。


 そこに、フンコロガシの『糞球』に押し込まれ、転がされ、放置された。

 壊れかけていた精神が、打撃を受けるのに十分なストレスがかかったのだ。


 だから、二人の精神はこの時完全に崩壊していた。

 今、彼女たちを動かしているのは、緊急回避的に生じた別人格だ。


 変わり者として距離を置かれる存在ではなく、普通でいよう。

 そんな思いから生まれた人格だった。


 理性的ではあるが、逆に言えば『それだけ』の存在。

 感情や思考というものがほとんど機能していない。

 なにかを考えているような会話をしつつ、全く前に進まないのはそのせいだ。



 探索者たちは、教師の追撃を避けながら通路を進んでいた。

 足音と息遣いだけが響く中、ひとりが転倒し、床に手をついた瞬間——擦りむいた腕から赤が滲んだ。


「・・・っ」


 誰もが立ち止まることをためらう中、最後尾にいた双子が静かに歩み寄る。

 妹は無言でしゃがみこみ、傷口にそっと手を添えた。

 その手は冷たくも温かくもなく、ただ“濡れて”いた。


 姉は微笑む。

 その笑顔は、どこか懐かしくて、どこか遠い。


「大丈夫? 頑張れる?」


 その言葉に、探索者は一瞬だけ安心しかける。

 だが、次の瞬間——


 傷口が、広がった。

 痛みが、増した。


 探索者は目を見開き、息を呑む。


「・・・え?なに・・・これ・・・痛っ・・・!」


 腕を引こうとするが、妹の手は離れない。

 濡れた掌が、まるで“吸い付くように”傷口に触れていた。


「やめて・・・やめて・・・!」

 声が震え、足がもつれ、探索者はその場に崩れ落ちる。


 姉は、微笑んだまま首を傾げる。


「頑張れるって言ったのに・・・崩れちゃったね」


 妹は、無言のまま手を離す。

 その手には、赤く染まった『痛み』が残っていた。


 探索者は、泣きながら腕を抱える。

 痛みは、傷口からではなく、『心の奥』から滲み出していた。


 探索者が崩れ落ちたあとも、双子はその場に立ち尽くしていた。

 妹は、そっと自分の手のひらを見つめる。

 濡れている

 赤く染まっている。

 けれど、それが『なぜ』なのか、わからない。


 姉もまた、倒れた探索者を見下ろしながら、首を傾げた。


「・・・おかしいね。ちゃんと、やったのに」


 空っぽの人格は双子の『かつてのやさしさ』を模倣したつもりだった。

 だけど、これは『知らない』現象だった。


「撫でたよ」

「声もかけたよ」


「優しくしたよね?」

「したよ」


 二人は顔を見合わせる。

 その目は、どこまでも澄んでいて、どこまでも空っぽだった。


「でも、壊れた」

「うん。壊れた」


 妹は、もう一度、自分の手を見た。

 その手が、何かを『引き出した』ことに、うっすらと気づき始めていた。


 姉は、探索者の震える背中を見つめながら、ぽつりと呟く。


「・・・これが、わたしたちの『やさしさ』?」


 妹は、答えなかった。

 ただ、手のひらを見つめたまま、ゆっくりと立ち上がった。


 その瞬間、通路の空気が、わずかに揺れた。


 ◇


 通路の先で転倒した仲間に気づき、数人の探索者が慌てて戻ってくる。


「大丈夫!?」

「誰か、手当を——」


 だが、そこにはすでに双子がいた。

 妹はしゃがみこみ、傷口に手を添えている。

 姉は微笑みながら、優しく声をかけていた。


 その光景に、探索者たちは一瞬ほっとする。


「・・・よかった、手当してくれてる・・・」


 だが——


「・・・やめて・・・痛い・・・やめて・・・!」


 聞こえてきたのは、仲間の苦しみと、停止を訴える声だった。


 探索者たちは顔を見合わせる。

 何かがおかしい。

 手当のはずなのに、痛みが増している。

 優しさのはずなのに、崩れていく。


「・・・え? なにしてるの・・・?」


 誰かがそう呟いた瞬間、双子がゆっくりと振り返る。


 妹は、自分の濡れた手を見つめたまま。

 姉は、探索者たちの顔を見て、首を傾げる。


「・・・わたしたち、ちゃんと・・・したよ?」


 その声は、優しくて、無垢で、でもどこか遠かった。

 探索者たちは、痛みにうずくまる仲間を囲みながら、双子の手元を見つめていた。

 妹の手はまだ濡れていて、姉の笑顔は変わらない。


「・・・わたしたち、ちゃんと・・・したよね?」


 その言葉に、誰も答えなかった。


 双子は、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、そっと手を伸ばす。

 今度は、別の探索者へ。


「ねえ、あなたも・・・痛いの?」


 妹の手が近づく。

 姉の声が、優しく響く。


「頑張れる?」


 探索者は、反射的に一歩、後ずさった。

 その動きは、叫びでも拒絶でもない。

 ただ、静かな『距離』だった。


 双子の足が止まる。


 妹は、自分の手を見つめる。

 姉は、探索者の顔を見つめる。


「・・・なんで、逃げるの?」


 誰も答えない。

 誰も、彼女たちに触れようとしない。


 通路の空気が、またひとつ、冷たく揺れた。


 双子は、静かに立ち尽くす。

 その背中に、初めて“孤独”が宿った。

 探索者たちの静かな拒絶のあと、双子はその場に立ち尽くしていた。


「・・・でも、あの子たち、悪気はないんじゃ・・・」

「やめて、近づかないで!」


 妹は、濡れた手を見つめる。

 姉は、探索者たちの背中を見つめる。


「・・・撫でたら、痛くなった」

「励ましたら、崩れた」


「それって・・・」

「わたしたちが・・・」


 二人は、言葉を探すように、ゆっくりと視線を交わす。

 その瞳に、初めて『考える』光が宿った。


「・・・痛みを、出した」

「崩れさせた」


「でも、それって・・・」

「中にあったもの、だよね?」


 妹が、そっと床に落ちた血のしずくを見つめる。

 姉が、探索者の震える肩を見つめる。


「わたしたちが、引き出したのは・・・」

「隠れてた『なにか』だったんだ」


 その瞬間——


 通路の壁が、きしんだ。

 迷宮の壁が、ゆっくりと剥がれ、下から『木造の校舎の壁』が現れる。


 床に敷かれていたタイルが割れ、下から『教室の床』が顔を出す。

 天井の蛍光灯がちらつき、かつての『放課後の光』が差し込む。


 探索者たちは、息を呑んだ。

 迷宮が、変わっていく。

 まるで、双子の『気づき』に呼応するように。


 妹は、黒板に浮かび上がった『名前のない文字』を見つめる。

 誰のものでもない文字、だけど『誰か』になるかもしれない文字だ。

 姉は、教室の隅に揺れる『誰かの影』を見つめる。


「・・・わたしたちが、触れたから」

「この場所が、目を覚ましたんだ」


 双子は、ゆっくりと歩き出す。

 その足音に合わせて、校舎の空気が変わっていく。


 それは、『優しさ』のかたちをした、静かな覚醒だった。

 妹は、濡れた手を見つめていた。


 その手が、誰かの痛みを引き出したこと。

 その痛みが、涙になって流れたこと。


「・・・わたし、なにかを・・・出しちゃった」


 姉は、崩れた探索者の姿を見つめながら、そっと言った。


「でも、それって・・・もともと、あったものだよね」


「うん。わたしが入れたんじゃない」

「わたしが、壊したんじゃない」


 彼女たちの声は、誰にも届かない。

 けれど、迷宮は聞いていた。


 ——その瞬間、通路の壁にひびが走る。

 古びた掲示板が現れ、そこに貼られた『保健室だより』が風もないのに揺れた。


 ◇


『妖怪発生の兆候が検出されました』

 システムからの警告。


 慌てて開いたウィンドウの向こうで、カルマは目を細める。


「・・・死んでも、ケガもしていないのに・・・終わりなのか?」


 彼は、それ以上は何も言わない。

 ただ、指先で空間をなぞる。

 双子の進む先に、静かに『次の演出』を配置する。


 ◇


「撫でると、痛くなる」

「励ますと、崩れる」


「でも、それって・・・」

「・・・生まれ変わる前の、合図?」


 二人の足元に、古い床板が軋む音。

 そこに、かつての教室の記憶が滲み出す。

 黒板の隅に、誰かが書いた『ありがとう』の文字が浮かび上がる。


 それは、今はまだ形になっていない『誰か』の感謝だった。


 ◇カルマの解説(ウィンドウ越し)◇


 カルマは、ウィンドウ越しに双子の動きを見守っていた。

 その瞳は冷静で、どこか懐かしげだった。


「『かいなで』は、痛みを引き出す。それは、内側に溜まったものを外に出す浄化だ」

『かいなで』。無防備な『人間』に手を差し伸べる、そんな妖怪。


「・・・トイレか」

 妖怪名を思い浮かべてみる。


『厠』、『雪隠』、『ご不浄』、『憚り』、『閑所』『東司』・・・。


「音的には『憚り』、かな? うん。『憚り』を姓としよう」


『幅借かいな』。

 妹のことだった。


「『がんばり入道』は、励ますことで崩す。それは、固定された価値観を壊して、再構築するための破壊だ」

『がんばり入道』は、不要な時に励ましをくれる妖怪。

 それによって『崩れるものがある』ことは考慮しない。


『幅借いきむ』。

 姉のことだ。


「どちらも、『再誕』の前に必要な儀式。生理的な排出と、精神的な再定義。・・・まるで、出産と排泄のように」

 どちらも『トイレ』の妖怪。


 カルマは、静かに笑った。


「優しさのかたちをした、破壊者。でもそれは、迷宮にとって必要な『始まり』なんだ」

 カルマは、そっと呟く。


「君たちの足跡が、道になる。オレはただ、それを『迷宮』にしてあげるだけだよ」


 双子は、誰にも理解されなかった『優しさ』のかたちを抱えて、通路を進む。

 その背中に、迷宮が静かに従っていた。


 探索者たちは声もかけられず、その背中をただ見送った。



「優しさは、いつも正しいとは限らない」

「励ましは、時に呪いになる」


 彼女たちは、誰かのために『良かれと思って』言葉をかけた。

 でも、それが誰かを壊すこともある。


 だから今、彼女たちは問いかける。


「あなたは、どんな言葉で誰の心を撫でますか?」


 ◇システムの反応◇


【迷宮観測ログ:感情反応を検知】

(自然発生する『妖怪』の出現現象に関する観察記録)


 対象:双子個体(幅借いきむ/幅借かいな)

 観測結果:模倣された優しさ → 他者の崩壊 → 自己認識の芽生え


 評価:再誕条件、感情共鳴、演出適合率ともに基準値を超過


 ・・・記録開始。


 ◇残された探索者たち◇


 誰かが、小さく呟いた。

「・・・『優しさ』ってなんだろう?」



 退避と追跡行の脱落者=生徒8 教師14



評価いただけると続編を書く意欲に直結します


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