Episode:19 友よ
――シェラ
椅子に座り、血を流すアーガスを見下ろす。
俯いた顔は上がらず、息遣いさえも聞こえない。
一般の男が言った、死とは、事実だった。
俺はため息を漏らし、しゃがみ込む。
ダランとぶら下がる右手。
その真下には赤く染まった直剣が落ちている。
「冒険で使った剣で、自分の首を切ったのか?」
まだ乾ききっていない血が一滴、床に落ちて弾ける。
俺は剣から顔を上げ、視線をアーガスの顔に移す。
目は開いたまま、瞳には光はないが、何故か口角は上がっていた。
「なんつー顔で死んでんだよ」
俺はそう呟く。
静寂の部屋の中、俺は立ち上がって視界に映るもの全てに目を走らせる。
自殺を選ぶ人間が、こんな幸せそうに死ぬだろうか。
直後、あの夜に話したことを思い出す。
「次に期待……か」
俺は視線をアーガスに移し、ため息を漏らす。
「次は、あったのか?」
誰にも届くことはない呟き。
たとえ届いたとしても、返答はありえない。
「何か、ないか」
俺はそう言って、部屋の中を探す。
ベッドの下を見て、壁を叩き空洞がないか確認をする。
小さな本棚や、化粧台、机まで全て……。
そして、見つけた。
机の引き出しを開け、中敷を外す。
異常な盛り上がりと、壁面とは明らかに色が違う。
新品の木の匂いが鼻をつき、何か隠されていることはすぐにわかった。
そして、中敷を外した底にあったのは、小さな日記帳だった。
「几帳面なやつ」
俺はそれを開き、情報を探す。
そして、内容に目を見開いた。
――黒い鱗を持つ冒険者に出会った。蜥蜴人と言う種族らしい。彼は信用できる。
一枚目の紙にはそう書いてあった。
「俺のことか……?」
俺はそう呟き、何枚も何枚も捲る。
俺の知らない物語、過去と、未来のことが細かく書いてあった。
アーガス自身が、覚えるためだろう。
――俺のせいでシェラが死んだ。しくじった。前回も同じ場所でしくじった、覚えなくては。
――彼は優しい。優しすぎるくらいだ。いつか、恩を返したい。シェラは知らないが、何度助けられたことか。記憶を転写する魔術を見つけた、より詳細まで日記にすれば、答えが見つかるかも。
――またダメだった。次は助ける。覚えたぞ。
――俺が先に死んだ。情報が足りない。何回繰り返せば頭に入る? もっと細かい場所まで調べないと……。
――ディスピルという魔物にシェラが殺された。能力はおそらく毒。体が蝕まれて、じきに俺も死ぬ、次はうまくやろう。
――シェラが金等級になった、あと少し。やっとここまできた。長かった。
――無理かもしれない。同じ場所を乗り越えられない。かなり日数が経った気がする。
――喧嘩をした。謝りたい。俺は、ただの一度も恩を返せていない。
ありとあらゆる日付、過去と未来が混ざり合い、時系列などわからない。
だが、全ての紙を消費する勢いで、綴られていた。
「何度も……冒険してたのか?」
俺は椅子に座り血を流すアーガスを見下ろし、そう呟く。
最後の紙に記されていることは、さらに俺を追い込む。
――東の果ての魔物が倒せない。黒曜級になったシェラもすぐに殺された。もう、親友が死ぬのは見たくない。
――シェラに声をかけた。仲間に誘ってみたが、断られてしまった。言い方が良くなかったのだと思う。でも、良かった。もう、親友は死ななくて済む。
――繰り返しを抜け出して、共に未来を歩みたかった。そのためにはシェラ……君を連れて討伐が絶対条件だった。だが、もう親友が死ぬのは見たくない。弱い俺を、どうか許してほしい。
その文章を読んだ瞬間、紙に一滴の雫が落ちる。
「アーガス……お前」
ずっと、そばにいたのか。
アーガス。
俺は彼の前に跪き、溢れる涙を止めるために歯を食いしばるが、それがさらに涙を溢れさせた。
「すまない……すまない……」
助けてやれなくてすまん。
寄り添ってやれなくて悪かった。
話を聞いておけば良かった。
「アーガス……」
静かな部屋に、彼の名前を呼ぶ声と、小さな嗚咽が響いた。




