Episode:17 血に塗れた黒曜級
――シェラ
叫び、怒鳴るアーガスを、俺はただ見つめていた。
理解はできない、それでも、彼が嘘を言っているようには見えなかった。
「――チクショウ」
アーガスはそう呟いて、肩を落としながら俺の横を通り過ぎた。
「――どこに!」
俺は振り返り、彼にそう問う。
この時の感情は、心配か、興味があったからか。
あまり記憶には残っていない。
「……進むんだ。変えなきゃいけない」
アーガスは淡々と話した。
その瞳に光はなく、すでに諦めてしまった何かを、意地だけで掴もうとしているようにも見えた。
「なんだよ、それ」
俺の呟きは彼には届かない。
どこからどう見ても庶民。
どこの服屋にでもある古臭い上着と、下履き。
少し汚れたそれは、冒険者にはとても見えない。
だが、あの力だけは、王都中の冒険者を集めても敵うかは、わからなかった。
小さくなる背中はいずれ消え、街には喧騒だけが残る。
「あ、やべ……! 依頼」
俺は、アーガスとの会話で忘れかけていた依頼を思い出し、走り出した。
今思えば、この時に協力していたら、彼は死ななかったのかもしれない。
自殺という手段をとらなかったかもしれないと、考えてしまう。
それから約二十日ほどが経った頃だろうか、依頼が終わり、達成報告をする前に少し腹拵えをしようと、近くの酒場に入った。
そこで、俺はある噂を耳にする。
「聞いたか?」
「何が」
「あの、世界が繰り返される! って騒いでた男、ちょっと前に冒険者になったくせに、今日黒曜金級になったってよ」
近くの卓に座る冒険者が話していたのは、アーガスのことだった。
アイツ、ほんとに強かったんだな。
俺は心の中でそう思い、近くの給仕を呼んだ。
酒と、肉を頼み、給仕の姿が厨房に消えるのを眺め、ため息を漏らした。
「さっさと食って、報告するか」
少し待つと、注文の品が運ばれてくる。
酒の入った木杯を一気に傾け、肉にかぶりつく。
塩味が口に広がり、酒が体に染み渡る。
「ごちそうさん」
俺は腹に物を入れた後、酒場の扉を開け、依頼達成の報告に行く。
その道中で、すれ違ったのだ。
街灯がチカチカと点滅するすぐ下を、力無く足を引き摺りながら歩いている人物。
俺は、その姿に見覚えがあった。
「アーガス……」
「あぁ……シェラか」
アーガスはそう話して、暗くなった街を睨む。
人はすでに家に入ったか、酒場以外の灯りは消え、王都の街には静寂が訪れていた。
「大丈夫か?」
「いいや、駄目だね。次にかけるさ」
俺の言葉に、アーガスは笑いながら話した。
自嘲も、多少は含まれていたのだろう。
苦い顔をした後、ため息を漏らす。
「黒曜……金級になったんだってな」
俺がそう話すと、アーガスは首にかけた等級章を撫でた。
「こんなの、強さの指標にすらならない」
その言葉に、俺は口を噤む。
街灯の光が彼を照らし、闇が広がる。
「次が、あるのか」
「あるさ、あるはずだ。俺はまだ諦めてない」
俺の言葉に、アーガスはそう答えた。
その声色と、瞳には、もうあの時に見た光は見えない。
諦めてしまっている。
まだ少しの希望があった二十日前、何かを手に入れようとしていたあの時とはまるで違う。
彼はもう、全てを捨ててしまっている。
「話しを聞かせろ。俺様が役に立てることもあるかもしれない」
俺がそう話すと、彼は目を見開き、俺を見つめて優しく笑った。
「――くはっ! はっは! いいな、それ。じゃあ、そうだな。次、次会ったら。話すさ」
アーガスはそう笑って話した。
彼の言った次が、本当の意味の次か、世界が繰り返した後の話か、俺にはわからない。
「あぁ」
わからないまま、俺は返事をする。
「じゃあ、俺は行くわ」
「わかった。またな」
そう言って、俺の横を通り過ぎてゆくアーガスを見送った。
これが、彼と話した最期になる。




