Episode:11 不死隊2
剣戟の音が響き、視界の悪い森に悪臭が漂う。
むせ返りそうな匂いに、僕は自身の胸を掴みながら歯を食いしばった。
「エルキス! 奴らを抑え込むんだ! シェラ、ルインを担いで走るんだよ!」
ディジーの命令と共に、銀騎士が不死隊を足止めする。
腐った顔を引き裂き、踏み潰し、主人の元には行かせまいと剣を振るう。
シェラはディジーの命令に舌打ちをしたが、俯瞰で見ている彼女の命令は、今この場においては正しいと言わざるを得ない。
大曲剣を振るい、切断した部位を蹴り上げ振り向いた。
「また担ぎ上げかよ!」
シェラは背中に大曲剣を戻しながら走り、僕を拾う。
ディジーも横に並び、森を駆け抜ける。
離れるにつれ、スタッパーも、銀騎士の姿も闇に消え、火花だけが森の中にキラリと光る。
安心、安堵。
助かった。
それと同時に違和感が空気を変える。
「よし、追ってきてねぇな!」
「このまま切り抜けられるといいんだけど!」
シェラとディジーは完全に逃げ切ったと思っている。
知識がある、冒険の知識がある彼らは、逃げ切ったと……。 だから、正しいはずなのだ。
僕には知識がない、だからシェラ達が話す言葉を信じるしかない。
それなのに、全身が感じる違和感と、悪寒がそれを否定した。
斥候は木を伝って僕の頭上に現れた。
土の中から姿を現し、シェラに奇襲を仕掛けた。
こんなあっさり、逃がしてくれるだろうか。
直後、火花すらも消えた闇の中から、小さく詠唱が響いた。
――ウィトル・ディーゼ。
直後、シェラとディジーの足音が変化する。
土を蹴り、巻き上げる音から、水を踏む音へ。
「――っ! 水か!」
水に足を取られ、シェラの動きが鈍くなる。
シェラとディジーが足元の水に視線を落としている間、僕だけは逃げてきた森の闇に目を向けていた。
火花が消えた森の奥には、青白く細い光が一瞬だけ瞬く。
ゾクリと、背筋が凍り、僕はシェラの背中を強く叩く。
「飛んでください……」
「何言ってんだルイン! やめろ、暴れるな!」
僕の声には耳を傾けず、シェラは僕を抑えるように抱きしめた。
「飛んでください、水の中にいちゃダメなんです!」
「何言って……」
「飛べ!!」
僕の怒号にシェラとディジーが跳躍し、近くの木に手を伸ばした。
それとほぼ同時に、詠唱がポツリと響く。
――ウィルナ・ディーゼ。
詠唱の直後、森に雷光が駆け巡る。
水の魔術が作り出した水浸しの地面に、雷光が迸ればどうなるかなど、子供でもわかった。
だが、こちらは跳躍している。
掴まれば、水から足を離せば……。
ガサッ
シェラとディジーが太い枝に掴まり、ぶら下がる。
ここで気がついたのだ、初めから逃げ場などないと。
「ダメだ! 木にも水分が!」
直後、全身に焼けるような痛みが走り、筋肉が痙攣する。
シェラの手が木から離れ、地面に落ちた。
ボチャッ
鈍い水音が響き、地上に生まれた水に半身が浸る。
詰まった息を、胸を叩きながら整え、霞む視界で森に広がる闇に目を向けた。
鎧が擦れる音、水を踏む足音が響き、近づいてくる。
闇の中からスタッパーが姿を現すまで、刻はかからなかった。
「やっ……やべぇ……」
シェラが吐きそうに呟き、歯を食いしばる。
「ヴェルーデ……」
息も絶え絶えに、ディジーが呟くが、次の言葉は、吐血と共に消えた。
僕は左腰に備えた直剣に手を伸ばす。
シェラから貰った剣だ。
魔術が使えなくなった状況で、役に立つからと。
近づく足音。
唸り声。
木々が揺れ、葉が舞う。
僕は右手で剣の柄を握る。
そして、鞘から刀身を抜き出す……事はなかった。
鮮血が舞い、水音が響く。
赤く染まる水に、僕は目を向けた。
切断……。
「僕の……右腕」
水の中で、直剣を握った腕が揺れる。
肘あたりからしっかりと、綺麗に切り落とされていた。
認識した直後、激痛が脳を貫く。
「……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕は叫んだ。
右腕を落とされた痛みと、眼前の絶望に。
「ルイン!」
シェラの叫び声が耳を貫き、声のした方に視線を向けると、彼は僕を助けるため、手を伸ばしていた。
だが、その姿もスタッパーに包まれ、すぐに見えなくなった。
痛みに呻くシェラの声と、筋が千切られる音。
ディジーの悲鳴が響いたのは、すぐ後だった。
「いや、やめ……!」
褐色の手足が舞い、黒い鱗が水に流されていく。
赤く染まった水に落ちたのは、紫色の瞳をした眼球だった。
直後、僕の前にもスタッパーが立つ。
ガチガチと歯を鳴らし、眼前の獲物に興奮した狼のようだ。
唸り声を漏らし、口から溢れる唾液が落ちて水に溶ける。
直後、僕は水に沈められた。
腕や足には激痛が走り、叫んでも声が出ているかさえわからない。
意識が朦朧とした頃、視界には剣を持つスタッパーが一体立っていた。
ゆっくりと剣を上げ、狙いを定める。
そして、真っ直ぐに剣は振り下ろされ、肉を切り、骨を砕いた。
そこで、プツンと僕の意識は消えたのだ。




