Episode:1 覚悟
目が覚め、体を起こす。
汗で服が体に張り付き、濡れた髪がベタつく。
目を覚ましたのは、家だった。
「ルイン! 起きなさい!」
母親の声が階下から響き、僕は唾液を飲み込んだ。
「右……右腕」
僕は自身の右腕を触り、欠損していないことを確認する。
ある、治っている。
死んだから、再配置したんだ。
「……死んだ。初めて死んだ」
死の事実がじんわりと身体に熱を与え、恐怖で筋肉が震える。
でも良かった……。
いや、良かったと言っていいのか……アーガスが自決を試み、何度も再配置を行ったことを、彼が書いた絵本から知っていたから、焦らずに済んだ。
だが、痛みと恐怖は、しっかりと身体に刻まれた。
シェラとディジーが簡単に殺された。
四肢をもがれ、鱗が舞う光景が、脳裏に焼きついて離れない。
不死隊の脅威が眼前に広がっていたのだ。
水魔術から、雷魔術の連携、事前に準備した道具すら、筋肉が麻痺したせいで満足に扱えなかった。
「っクソ……」
森を切り抜けるのは無理だ。
黒曜金級と、黒曜銀級。
最高等級とそれに近い等級を持った冒険者が、あっさりと殺されたのだ。
あの森は危険すぎる、昼間のうちに突き抜けられないなら、通るのは得策じゃない。
「どうする……」
僕は小さく呟きながら、学校に行く準備をする。
この世界では初めましてだ。
シェラとディジーと合流して、また別の手段を考えなくてはいけない。
東の果てにある洞窟は、あまりにも遠い。
階下に降り、リビング横の廊下を通る。
「ルイン! 朝食は?」
「いらない、エヴァと一緒に学校に行く。遅刻するとエヴァがうるさいから、もう出る」
僕はそう答え、玄関で靴を履く。
扉を開けると、エヴァがすでに待っていた。
「遅いよ!」
「わかってる」
エヴァの言葉にそれだけ返し、僕は足早に歩き始める。
学校……。
そうだ、先に老婆……。
シェラに会って、ディジー……。初めにディジーとあったのはいつだ……?
頭の中でいくつもの情報が絡み合い、処理に刻を要する。
頭を叩きながら、歯を食いしばり、情報を整理した。
「エヴァ、学校には先行っていてほしい。僕は、ちょっとやることがあるから」
僕がそう話すと、エヴァは首を傾げ、眉を歪める。
「やること?」
「うん」
エヴァの問いに、僕はゆっくりと頷く。
その僕を見て、彼女はふーんと、つまらなそうに呟いた。
「そっか」
「何も言わないの?」
あっさりとした返事を不思議に思い、僕はエヴァに問う。
すると、彼女は悲しそうな、諦めたように引き攣った笑いを浮かべながら、口を開いた。
「見ればわかるよ、大事なこと。私がなんか言っても、変わらないでしょ?」
エヴァはそう話した。
「ごめん」
僕は、気がついたら謝っていた。
故意ではないとはいえ、エヴァにそんな顔をさせてしまったことが、悔しかった。
それから少し、王都にはいり、人混みを眼にする。
「エヴァ、ここでお別れだ」
僕は立ち止まり、そう話す。
こちらに視線を向けたエヴァは、優しく笑い、息を吐いた。
「頑張ってね」
「頑張るよ」
エヴァの小さな激励に、僕は短く答えた。
彼女の背中が人混みに消え、青い髪さえも見えなくなる頃、僕は目を閉じて深呼吸をする。
初めは老婆だ。
それからシェラに会い、ディジーと話をしなくちゃいけない。
シェラには前回のことを伝えなくてはいけない、森に入ったこと、スタッパーに足止めされ、全滅したこと。
再配置のことを知識として持っているのは、老婆とシェラだけだ。
今は、彼を頼るしかない。
長く息を吐き、ゆっくりと目を開ける。
「よし」
僕はそう呟いて、老婆が来るであろう人混みを睨んだ。




