Episode:2 大好きな人
僕は、ある家の前で足を止めた。
周辺の家と変わらない見た目。
木造の綺麗な見た目をした家は、夜の闇の中でも一際目立っているような気がした。
まだ朝方。
それもかなり早い時間帯だ。
迷惑なのはわかっている。
だが、今言わなくてはいけない。
僕は玄関の扉に近づき、コンッと数回叩く。
中から返事はない、まだ寝ているのだろう。
迷惑を知って押しかけるのは気が引けるが、やらなくてはいけない。
そう思い、さらに扉を叩いた。
十数回叩いたあと、エヴァによく似た女性が顔を出した。
「……夜中にうるさいわね……。誰?」
目をこすりながら扉を開けたのは、青い髪を腰まで伸ばした女性だった。
まつ毛は長く、細身。
かなり、似ている。
「朝方にすいません。ルインです……エヴァちゃ……さんはいますか?」
エヴァの母親らしき女性は、細く鋭い目つきで僕を睨み、知っている人物だと気づくと、ため息を漏らして家の中に消えた。
あのため息は、迷惑だけど言わないでおこう。そんな気持ちがこもったため息だ。
子供の僕でもわかる。やはり、迷惑だったか。
僕は玄関の前でため息を漏らし、肩を落とす。
少し経ってから再度扉が開き、よく知る人物、エヴァが姿を現した。
「……ルイン? お母さんが、文句言ってたよー」
寝ぼけているのか、フワフワと柔らかい口調でエヴァは話す。
文句……。その言葉を聞いて少し落ち込んだが、空が明るくなっていない刻だ、そんな言葉が返ってくるのは、想定していた。
「おばさんにごめんなさいって伝えといて」
「わかったぁー。で? こんな刻にどうしたの?」
そう言いながら、エヴァは前髪を直し、服を叩く。
「大したことじゃないんだけど、伝えとこうと思って」
僕のその言葉に、エヴァは首を傾げた。
「今日の昼から、すこし遠くに行くことになったんだ。学校も行かない。お母さんには、もう許可はもらったから……。それだけ」
そう話すと、エヴァは目を見開く。
眠気が覚めたのか、僕との距離を詰め、下から見上げた。
「いつ帰るの? 王都の祭りには帰る?」
「……うん、そのつもり。祭りには間に合うようにしたい」
したい……。
これはただの願望だ、そして、それは叶わない。
アーガスが九十日を要した、情報を持っているからと、残り数日でどうこうできる問題ではない。
だが、足を止めないようにと、願掛けにも似た小さな抵抗だった。
「そっか」
エヴァは満面の笑みを見せる。
月明かりに照らされた長いまつ毛が輝き、濡れた瞳が僕を見つめる。
その時、実感した……。
僕は、やっぱりエヴァが好きだと。
だからこそ、止まれない事も、痛いほどわかった。
今は果たされない約束を、いつか果たすため、何度も世界を繰り返す。
「じゃあ……行ってきます」
僕がそう話すと、エヴァはしっかりと頷く。
そして、誰もが振り返るほどの整った顔立ちで話した。
「行ってらっしゃい!」
僕はその声を聞き、踵を返す。
東の果ての洞窟。
アーガスの話では、そいつが元凶だ。
再配置を行う魔物……絶対に、僕が……。




