Episode:4 疑念と前進
――ディジー
あの赤髪の少年、ルイン。
黒い鱗を生やした蜥蜴人、シェラ。
その二人と別れた後、アタシは校舎内をただ歩いた。
情報収集を提案したのは他でもないアタシだが、どうにも乗り気にはなれなかった。
眼前にぶら下げられた新たな知識。
空が白く染まる時、世界中の生物から記憶が失われる。
ルインを除いて……。
この話が本当かどうか、未だに信じ難い。
校舎を歩くたび、背の高い靴がコツコツと床を打つ。
アタシは、ため息を漏らして立ち止まった。
褐樹人は閉鎖的な種族だ。
他種族との交流はほぼなく、お互いに差別的な部分が多い。
冒険者をして、世界を見たから、この考えが間違いだと気づけたが、それでもまだ疑念が残っていた。
種族としてもそうだが、ルイン……あの少年の話は奇妙な部分が多い。
世界を繰り返しているのが事実と仮定した場合、話に穴が多すぎる……。
そう考えてしまうと同時に、黒曜銀級を持つ冒険者、シェラの言葉が真実にも聞こえてしまう。
アタシは今、分岐点に立たされているのだと……そう感じた。
眼前には、逃したら一生知ることのない知識。
もし、この機会を逃したら、アタシの探究心を否定することになる。
アタシは自身の外套をめくり、中に収納されたいくつもの魔具を見つめる。
旅をしながら、世界中から集めた魔具の数々。
探究心に駆られた、攻撃魔術の使えない魔術師の外套には、自身の弱さを隠すように、魔具がぶら下がっている。
「はぁ……」
アタシは、どうすればいいのか……。
今まで、迷うことは無かった。
アタシは、アタシの知識が絶対に正しく、間違いはないと、自負し、信じてきた。
倫理的で、論理的で、理屈的。
だが、その全てが通用しない現象の前では、足が止まってしまう。
探究心に従い、足を踏み出すのは、きっと難しくない。
だが、その一歩が、恐ろしく重く、大きい。
アタシは、窓の外を見つめ、ため息を漏らす。
直後だ。
(――お前の好きにしろ)
「わかってるさ」
頭の中に声が溢れた。
呪いにも似た声だ。
魔術に支配されているのだろうか……死霊術師でもないのに。
いや、きっと、アタシの内面を代弁してくれているんだ。
相談役にはうってつけだろう。
アタシは歩き出し、近くにいた冒険者に声をかける。
「ちょっといいかい?」
「はい? なんですか?」
人間。
黒曜ですらない。
人選を間違えたか……声をかけたからには、話すべきだろう。
「空が白くなる現象を知っているかい? 知識としてでも構わないんだ」
アタシがそう話すと、人間の冒険者は首を振った。
「そうかい、ありがとね。引き留めて悪かった」
そう言って、アタシは踵を返す。
悩むのは後だ。
アタシは人を信じない……これまでも、これからも。
(進め)
頭の中に声が反響する。
あぁ、進むさ。
アタシは知識を信じる。目の前にぶら下がった知識の山。
これを逃す奴は、一生の恥だ。
いざとなったら見捨てればいい。
見殺しにすればいい。
アタシは戦えない魔術師……召喚術師なんだから。
囮は多い方がいい……。
アタシは口角を鋭くあげ、次の人物に手を伸ばした。
「ちょっといいかい?」
これが、アタシの一歩だ。




