Episode:20 再配置
記憶だけじゃなく、剣がなくなるのはおかしい。
僕はそれに気づき、ニヤリと笑った。
その不敵な笑みを見て、横にいる少女、エヴァは若干身を引いたが、そんなことは気にしなかった。
小さな気づきだが、気にしていなかった初歩的な物に気がつけたのはかなり大きい。
「ルインー帰ろうよー」
エヴァが横で本を読みながらそう話した。
魔術書。
ありとあらゆる魔術のことが書いてある本だ。
魔術を得意とするエヴァからすると、知識の宝庫だろう。
「いや、僕はまだ帰れない。先に行ってもいいよ。村についたら、僕の母親に図書館にいるから帰らないと伝えて欲しい」
僕のその言葉を聞いて、エヴァは目を見開いた。
「泊まって、休まずに本を読むつもり!?」
その声は館内に大きく響く。
僕はエヴァの声に耳を塞ぎ、ため息を漏らす。
「すごく大事なことなんだ。だから、帰れない」
僕がそう話すと、エヴァは少し考えた後、深いため息を漏らして僕を睨んだ。
「おばさんも心配するから、長い間帰らないのはダメだからね。私も学校ついでに様子見にくるから」
「わかった、ありがとう」
僕が言った礼に、エヴァは目を瞬かせる。
「え、お礼言えるの?」
「僕はそんな腐ってない」
僕はそう話したが、エヴァはすでに聞いていなかった。
礼を言われた事実が彼女を舞い上がらせ、周りのことなど気にしていないようだ。
「取り敢えず、よろしく」
「うん、わかった!」
僕の言葉に元気よく返事をして、エヴァは出ていく。
その背中を見送り、僕は視線を本に戻した。
空が暗くなり、数刻が過ぎる。
気がつけば眠りについていて、軽食を摂りに外に出ては、戻ってきて本を開く。
朝になればエヴァが様子を見に来て、少し話をしてから学校に行くのを見送った。
僕が学校に行かないのを心配はしていたが、強く止めることはしない、すごく大事、と言った言葉が効いているのだろうか。
そうして、二日が経った夜。
おそらく、夜の十二刻くらいになった時、図書館の扉が開き、受付嬢とは別の誰かが本を持って入ってきた。
そうして、カウンターにいる受付嬢と話す。
「先輩、新しい本持ってきましたよぉー。探すの大変で、なかなか骨が折れましたよ」
「お疲れ様、ゆっくり休んでね」
受付嬢と話すのは、どうやら後輩らしい。
よく見れば、服装は同じものを着ていた。
胸から腹部にかけた六つのボタン。
掛け合わせるように前開きの、身体のラインがしっかり出る服だった。
「絵本って、どこの段でしたっけ?」
「そろそろ覚えてよー」
先輩と後輩の話を聞きながら、僕は視線を本に落とす。
新たな本は、今でも入るのか。
いや、これからも増え続けるのだろう。
それから何日も本をめくり続けて七日目の朝を迎えた。
明日が王都の祭り。
おそらく……いや、確実に来ないことはわかっている。
最後の日くらいは、家に帰ろう。
そう思い立ち、朝のうちに王都を出て、昼には家に着いた。
玄関を開けると、いつも通りの光景が広がり、母親はエヴァから情報をもらっていたからか、あまり気にした素振りはなかった。
「母さん、今日の夕飯は何?」
「んー? 何にしようか」
僕の質問に対しても、いつも通りの反応。
変わった様子は、特にない。
いつも通りの夜を迎え、夕飯を食べ、自室に戻る。
時刻は十一刻と半。
あの眠気が来るまでもう少しだ。
僕は机の上から小さなペーパーナイフを取り出す。
普段は手紙の開封にしか使わないが、今日は初めて別の使い方をする。
半刻を待ち、地平線が白く染まる。
「来た」
この刻が。
僕は白く染まる空を見つめながら深呼吸をして、ペーパーナイフで親指を傷つけた。
痛みと共に赤い液体がジワリと広がり、床に垂れる。
力加減を間違えたか、想定より深く傷ついてしまった。
それを白い布団の上に搾り垂らす。
血は落ちにくい、明日になって万が一傷が塞がっていても、汚れは落とせない。
僕はベッドにはいり、血を枕や布団に吸わせる。
無くならない物の証として……。
頭上から闇が取り除かれる瞬間、目眩と共に眠気に襲われる。
そのまま、僕は意識を手放した。
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そして……。
「ルイン! 起きなさい!」
母親の声でゆっくりと目を覚ます。
僕は重い瞼をあげ、ナイフで切ったはずの指を見た。
「傷はない……」
次にベッドや枕に視線を落とす。
「血も、一滴もない」
また、戻ってきたのか。
ため息と共に、僕の仮説が正しかったことに興奮した。
「……再配置か」
僕しかいない狭い部屋で、小さく呟いた。




