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君に寄り添う六日間、世界が消える一日  作者: 鬼子
第三章:異常事態

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Episode:14 愛してる

 エヴァを見送った後、母親は僕の近くに来た。

 僕はただ、悲しそうな顔をする母親を無言で見つめる。

 脳が、壊れてしまったかのようだ。


 繰り返す七日間で、精神が壊れてしまったか。

 世界に置き去りにされる焦りが、自分だけ前に進めない異常が、常に付きまとう違和感が、どこかで心が削れたか。


 ピシッと、器にヒビが入るような、そんな音がした気がする。


 ただ、何も考えずに、母親を見つめる。

 何も考えず……違う。

 頭は動いている、だが心が動かなかった。

 空っぽとは言い難い、波が立たないとも表現できない。

 ただ、灰色の壁を見つめているような、何もない空間が胸にあるような、形容し難い気持ち悪さが、胸にはあった。


「ルイン……」


 母親が近づいてきて、僕を撫でる。


「何があったの……?」


 そう言って、母親は僕の手に額を乗せた。


 そんな中でも、日常は当たり前のように過ぎていく。

 回復することはなくても、食器を持ち、口に運ぶことはできる。

 でも、美味しいご飯を食べても、心が揺れることはない。

 瞬きすらも少なくなったか、目が乾くことが増えた。


 試験を受けなかった。

 学校に行ってないんだ、当たり前だろ。

 シェラに会っていない、今回初めてか......。

 学校に行っていないのだから、初対面が学校のシェラとは会えるはずがなかった。


「ルイン……大丈夫?」


 夜の世界を家の中から見つめる僕に、母親は恐る恐る問いかける。

 耳には入る、だが、母親を見ただけで僕は視線を外に移した。


 わざと……ではない。

 無意識にしてしまった。


 あと会っていない人物……あぁ、鍛人か。あとは先生……。


 直後、頭の中に声が響いた気がした。


「申し訳ないねぇ……ルイン」


 そう言った老婆がいたはずだ。

 なぜ、名前を知っていたんだ。

 視界を塞ぐように布を巻いた老婆……。

 何者だ。


 それから数日、ただただ、ダラダラと、何もせずに過ごした。

 母親はいつからか声をかけなくなった。


 時よりこちらを見て、悲しそうな顔をするが、ため息を漏らし家事に戻る。


 そして、問題の七日目。

 僕と母親はリビングに、ただ座っていた。


「ルイン、明日は王都の祭りがあるの。一緒に行かない?」


「……」


 母親の言葉に僕は何も返せなかった。

 声が出ない。

 逃げて欲しい、助けて欲しい。


「……そっか、なんか欲しい物ある?お母さん何か買ってくるよ」


 母親の声はそこが見えないほど優しい。

 そして、何も答えない僕に、ため息を漏らした。


「……そっか」


 母親は小さな本を持って、僕の横で読む。

 ただ、紙を捲る音だけがリビングに響いた。

 時間はわからない、でも確かに何かを感じた。


 時間が歪んだような、空間が歪んだような、重度の目眩のようなものが、一瞬、体を襲った。


 母親もそれは感じたようで、首を傾げて立ち上がる。


 そして、窓の外を見つめ、目を見開いた。


「……なに……あれ」


 母親は窓から外を眺める。

 夜、闇、暗い空が、色を抜かれるように、白に侵食されるように真っ白に染まっていく。


「……ル、ルイン!」


 白き空が家の直上を通る時、母親は僕を抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だからね。お母さんが、守ってあげるからね」


 その言葉が、ヒビの入った器を治すように、優しく、心に落ちた。


 身体が……動く。

 力の入らない腕を無理矢理動かし、母親の体に手を回す。


「……か……母さん……ごめんなさい」


 気づかなかった。

 初日は眠っていた。

 シェラと訓練をしていたから、空の変化に気がつけた。


 皆、等しく被害者なのだ。

 この異常事態の……。


 迫る眠気に抗えず目を閉じる。


 次は……僕が守るから……。

 そして、意識を手放した。

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