Episode:14 愛してる
エヴァを見送った後、母親は僕の近くに来た。
僕はただ、悲しそうな顔をする母親を無言で見つめる。
脳が、壊れてしまったかのようだ。
繰り返す七日間で、精神が壊れてしまったか。
世界に置き去りにされる焦りが、自分だけ前に進めない異常が、常に付きまとう違和感が、どこかで心が削れたか。
ピシッと、器にヒビが入るような、そんな音がした気がする。
ただ、何も考えずに、母親を見つめる。
何も考えず……違う。
頭は動いている、だが心が動かなかった。
空っぽとは言い難い、波が立たないとも表現できない。
ただ、灰色の壁を見つめているような、何もない空間が胸にあるような、形容し難い気持ち悪さが、胸にはあった。
「ルイン……」
母親が近づいてきて、僕を撫でる。
「何があったの……?」
そう言って、母親は僕の手に額を乗せた。
そんな中でも、日常は当たり前のように過ぎていく。
回復することはなくても、食器を持ち、口に運ぶことはできる。
でも、美味しいご飯を食べても、心が揺れることはない。
瞬きすらも少なくなったか、目が乾くことが増えた。
試験を受けなかった。
学校に行ってないんだ、当たり前だろ。
シェラに会っていない、今回初めてか......。
学校に行っていないのだから、初対面が学校のシェラとは会えるはずがなかった。
「ルイン……大丈夫?」
夜の世界を家の中から見つめる僕に、母親は恐る恐る問いかける。
耳には入る、だが、母親を見ただけで僕は視線を外に移した。
わざと……ではない。
無意識にしてしまった。
あと会っていない人物……あぁ、鍛人か。あとは先生……。
直後、頭の中に声が響いた気がした。
「申し訳ないねぇ……ルイン」
そう言った老婆がいたはずだ。
なぜ、名前を知っていたんだ。
視界を塞ぐように布を巻いた老婆……。
何者だ。
それから数日、ただただ、ダラダラと、何もせずに過ごした。
母親はいつからか声をかけなくなった。
時よりこちらを見て、悲しそうな顔をするが、ため息を漏らし家事に戻る。
そして、問題の七日目。
僕と母親はリビングに、ただ座っていた。
「ルイン、明日は王都の祭りがあるの。一緒に行かない?」
「……」
母親の言葉に僕は何も返せなかった。
声が出ない。
逃げて欲しい、助けて欲しい。
「……そっか、なんか欲しい物ある?お母さん何か買ってくるよ」
母親の声はそこが見えないほど優しい。
そして、何も答えない僕に、ため息を漏らした。
「……そっか」
母親は小さな本を持って、僕の横で読む。
ただ、紙を捲る音だけがリビングに響いた。
時間はわからない、でも確かに何かを感じた。
時間が歪んだような、空間が歪んだような、重度の目眩のようなものが、一瞬、体を襲った。
母親もそれは感じたようで、首を傾げて立ち上がる。
そして、窓の外を見つめ、目を見開いた。
「……なに……あれ」
母親は窓から外を眺める。
夜、闇、暗い空が、色を抜かれるように、白に侵食されるように真っ白に染まっていく。
「……ル、ルイン!」
白き空が家の直上を通る時、母親は僕を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だからね。お母さんが、守ってあげるからね」
その言葉が、ヒビの入った器を治すように、優しく、心に落ちた。
身体が……動く。
力の入らない腕を無理矢理動かし、母親の体に手を回す。
「……か……母さん……ごめんなさい」
気づかなかった。
初日は眠っていた。
シェラと訓練をしていたから、空の変化に気がつけた。
皆、等しく被害者なのだ。
この異常事態の……。
迫る眠気に抗えず目を閉じる。
次は……僕が守るから……。
そして、意識を手放した。




