Episode:13 四度目の一日
僕はおそらく、限界だった。
母親の声と共に、張り詰めていた糸がブチブチと音を立てて、弾けるように千切れた。
理性では抑えられない衝動。
精神的に限界だった……そんな言葉では言い表せないほど、何か、大きな闇が体を蝕んだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目が覚めたとき、また時間が戻っていると気づいた直後、暴発したかの様に叫んでしまった。
布団を握り、頭を掻きむしり、自身の体に爪を立てた。
叫び声を聞きつけ、母親がノックもせずに僕の部屋に飛び込んできた。
「ルイン、うるさい!」
怒鳴り声。
母親のそんな声が響いた。
だが、直後に見た母親の表情は、怒りから驚きの表情に変化していった。
叫ぶ僕を見つめ、母親が口をゆっくりと開く。
「ルイン……どうしたの?」
驚きと、心配。それと、不安。
そんな感情が入り混じった声だった。
その声を聞いても、止まれなかった。
頭では、わかっていた。
今泣き叫んでも、現状は好転しない。
良い方には、絶対に進まない、頭ではわかっていた。
でも、止まれなかった。
理解し難い現象。
記憶のない人間たち、世界そのものに置いて行かれた様な感覚。
いくつもの要素が、脳をかき混ぜる様に渦巻く。
頭が痛い、考えたくない。
その気持ちとは裏腹に、脳は思考を止めなかった。
落ち着いた時には、母親は僕を抱きしめ、頭を撫でていた。
「もう、大丈夫だから。今日は学校休んで、ゆっくりしよ?」
母親はそう言いながら僕を撫でた。
「……」
話さない僕を見て、母親は心配そうに眉間にシワを寄せる。
もう、疲れてしまった。
感情が動かないのか、壊れてしまったのか。
僕はただ、何も言わずに母親の顔を見つめる、何かを話そうと、口を動かそうとしたが、その意思を否定するかのように、喉には何かが詰まったような感覚が強く残り、神経を断たれたかのように顎は動かなかった。
「ルイン、少し待ってて。お母さんと一緒にお出かけしよ」
気分転換……。
そういうことだろうか、母親は優しくそう言って、立ちあがる。
母親はゆっくり歩いて、部屋を出ようとしたが足を止めて振り返る。
荒れた部屋。
ただベッドの上に座る僕に目を向ける。
今、一人にしたら……。
母親が何を考えていたのかはわからない。
でも、母親の表情には恐怖にも似た感情が含まれていたような気がした。
母親は僕に近づき、赤い髪を撫で、優しく呟いた。
「歩ける?」
母親に手を引かれ、自室を出る。
前を見れない。
ただ歩くだけ、視界にあるのは木製の床と、脚のみ。
階段を降りて、リビングの椅子に座らされる。
そんな時だった。
「ルイン! ルイン!」
エヴァの声だ。
何度目かの繰り返し、エヴァは必ず朝に来ていた。
僕は立ちあがろうとするが、体に力は入らなかった。
動かしたのは頭だけ、それが、精一杯の反応だった。
母親がパタパタと足音を鳴らしながら玄関を開け何かを話して、エヴァを招き入れた。
リビングには入らず、入り口からエヴァが顔を出して僕を見つめる。
「……おばさん、何かあったんですか?」
エヴァの問いに、母親は首を振った。
爪を立てた皮膚は赤くなり、掻きむしった頭は髪が乱れていた。
焦点が合わず、表情が動かない僕を見て、エヴァは目を伏せる。
「……ルイン」
エヴァは僕に視線を移し、名前を小さく呼んだ。
母親はエヴァに向き合い、何かを話すと、エヴァは頭を下げて家を出ていく。
直後に母親が僕に向けた、悲しそうな表情。
きっと、その顔は何度繰り返しても忘れることはない。




