Episode:1 三度目の朝
母親の言葉に、僕は顔を顰める。
「ルイーン、まだ?」
玄関が開く音とほぼ同時に、エヴァの声が響いた。
僕は私服のまま玄関に向かう。
「エヴァ……! 今日は祭りの日だよな?」
「……?なんの話?王都の祭りは七日後だけど、それ以外に小さい祭りなんてあるかな?」
エヴァはそう呟き、僕は歯を食いしばる。
ふざけている様子はない、なら……
「おかしいのは……僕……?」
上がる心拍を、歯を食いしばることで誤魔化し、無理やり落ち着かせる。
何が起きてる……。夢じゃないのか……。
なら、訓練も……それ以前の試験も……現実……っ!
瞬間、胃の中から何かが込み上げ、床に吐き出してしまう。
「ルイン!?」
エヴァがカバンを投げ捨て、僕の背中を撫でる。
「おばさん、ルインが!」
エヴァの声と共に、母親が足音を鳴らしながらリビングから出てくる。
「ルイン、大丈夫?」
母親は僕の横に膝をつくと、落ち着いた口調で僕の背中を優しく撫でた。
「体調悪いの?今日は休みなさい」
母親の言葉からは心配が溢れ、それと同時に悔しさを滲ませていた。
「おばさんの言う通りだよ。また次はあるよ」
エヴァも僕の顔を覗き込んでそう話した。
その顔は心配に満ち溢れていたが、僕にそれは届かない。
「いや、行く……」
「休んだっていいんだよ」
僕の決断に、母親は小さく首を振って話す。
「いや、ダメだ」
僕は拳を握り、歯を食いしばった。
確認……。
夢じゃないとしたら何なのかを……。
僕は立ち上がり、自室に戻る。
焦りと、不安で震える手をなんとか操り、制服のボタンを閉めていく。
ボタンを一つ閉めていく度に、喉が締まり、呼吸が荒くなるのを感じた。
「はぁ……」
ため息に似た深呼吸。
鏡に映る自身の姿は、とてもじゃないが正常な人間には見えなかった。
制服で汗を拭い、手汗すらもズボンに擦り付ける。
焦りを隠すための深呼吸は、異常事態を自覚させるのには十分で、逆効果だった。
階段を降りて、エヴァを見つめる。
視界に映るエヴァと母親は、まるで病人を見るような目をしていた。
「行ってきます」
僕は小さくそう話し、靴を履いて玄関を出る。
言葉を発してから出るまで、エヴァと母親の顔は見れなかった。
「い、行ってきます。おばさん!」
先を歩く僕の後ろから、エヴァのそんな声が聞こえた。
頭を下げているのだろうか、笑って話しているのだろうか、今の僕には、それを確認するほどの余裕はない。
「待ってよ、ルイン!」
エヴァの声が後ろから響き、僕は足を止めて振り返る。
目があったエヴァの顔は、少しだけ怯えているようにも見えた。
「どうしたの、ルイン? 今日なんか変だよ……」
力なく話すエヴァに、僕は彼女の目をしっかりと見つめながら口を開いた。
「おかしいのは……僕か?」
その答えに、エヴァは目を見開き、視線逸らした。
まるで、間違っていると、事実を無情に突きつけるのを拒んでいるようにも見える。
……辺りには緑が広がる街道。
朝の光と、柔らかな風が前髪を揺らし、二人の間を通り抜ける。
その風は、異常な日常を感じさせないほど、優しかった。




