Episode:3 知っている一日3
鏡に映る僕の表情をみて、言葉を失う。
そこに映っていたのは、おおよそ平常とは思えない少年の姿だったからだ。
「何をそんなに焦っているの?」
エヴァはそう言いながら、鏡の向こうから僕の顔を覗く。
「……あ、いや……」
歯切れの悪い僕の言葉に彼女は戸惑いながらも、鏡をポケットに押し込み、持っている食べ物を僕に渡してきた。
「食べる?何があったかわからないけど、落ち着くかもよ」
「いや……」
何の気なしに渡された食べ物を見つめ、少し考える。
落ち着くだろうか......今の一瞬だけでも、忘れられるだろうか……。
僕はそんなことを考えながら、拒否しようとした手を引っ込め、それを受け取った。
「ありがとう……」
礼を言って受け取った物を見つめる。
受け取ったはいいが、食べる気にはならなかった。
「後で食べるよ」
「温かいうちに食べた方がおいしいよ」
僕の言葉にエヴァはそう返答した。
それはそうなのだが……僕は苦笑いでしか返せなかった。
「じゃ、学校行こうか!!」
エヴァがそう話して、歩き出す。
その背中を眺め、深呼吸をした後に僕も歩き出した。
学校の門を潜り、玄関に入る。
土足のまま校内に入った。
依然心臓は激しく脈打ち、焦りを僕に伝えようとしている。
「人…….多いな」
校内にはすでに人間、樹人、褐樹人、蜥蜴人、獣人鍛人など、多種多様な種族が行き交っていた。
予知夢と同じように、廊下の端から端まで、人で溢れかえっている。
「実技試験の影響か……別の問題が……」
予知夢の中の僕は何も疑わずに受け入れていた……実際、祭りと試験が重なれば、人が一気に増えるのだが、こんなに増えることもない気がする。
確証のない理論に任せることが、今の僕にできる最大限の抵抗のようにも感じた。
僕は速足で教室に向かい、椅子に座る。
少しだけ仮眠しよう……今はこの状況から目を背けたい。
目を閉じた直後、実技試験の開始を知らせる金属音が校内に響き渡った。
それと同時に、予知夢で出会った黒い蜥蜴人の事が頭をよぎる。
伏せていた顔を上げ、窓の外を見つめる。
「……いるのか? もしかして」
僕は椅子から立ち上がり、廊下に出た。
そして、あの蜥蜴人と出会った場所まで歩いていく。
エヴァは実技試験中だ。
気にしなくていい……だから……。
直後、声が響く。
「おう、ガキンチョ! 見ていくか!」
狭い廊下で鎧を売る鍛人……。
廊下の三分の一を塞ぎ、商売をしている。
このオッサン……。予知夢でもいたよな?
記憶が掘り起こされるように、徐々に鮮明になっていくのを感じながら鍛人の顔を見る。
「なんだい、ワシの顔に何かついとるかの?」
「いや……僕たち、前にどこかでお会いしましたか?」
僕の言葉に、鍛人は首を傾げ、長い髭をさする。
「いんや、顧客の顔は覚えちょる。お前さんは初対面じゃな」
「です……よね、人違いでした」
僕の返答に、鍛人はため息を漏らし、売られている武具に視線を移す。
「なんか買って…….」
鍛人が何かを話そうとした直後だった。
人混みの中から声が響く。
「獣人はまた盗品を扱っているのかい!?」
「扱ってねぇ! お前ら褐樹人だって、他者から略奪した過去の遺物を用いて発展した種族だろうが!」
怒鳴り声が廊下に響き、鍛人は武具からそちらに視線を映してため息を漏らした。
「また褐樹人か……」
「また……褐樹人.……」
夢の中で聞いた言葉に、僕は繰り返し言葉に出していた。
違和感、既視感、すべてが混ざったような感覚……気味の悪い感覚に、心臓が脈打つ。
直後、重い足音が僕の耳に入る。
来た……。
僕はあたりを見渡し、目的の者を探す。
そして、見つけた。
「黒い鱗の……蜥蜴人」
僕の言葉に、蜥蜴人はこちらを睨む。
喧騒が絶えない廊下……蜥蜴人特有の、色彩豊かな瞳は、確かに僕を見つめていた。




