Episode:5 懐かしさ
僕は鏡を見ながら、目を見開く。
「いつ、死んだ?」
記憶を辿るが、わからない。
眠る前までは問題がなかった、酒場で食べた食事だろうか。
なら、シェラたちも死んだ?
情報が少なく、決定打に欠ける。
「ルイン!」
母親は僕の名前を呼びながら、扉を開ける。
「学校あるでしょ? さっきから何回も何回も呼んでるし、エヴァちゃんはもう下で待ってるよ!」
母親は眉間に皺を寄せながらそう話す。
僕の思考を破壊するように、耳の中まで怒声が響き渡った。
「わかったよ。すぐ行く」
僕はそう言って、母親を見つめる。
懐かしい気がする。
旅を始めて、離れていた期間はたった数日。
それでも、どこか懐かしい感じがするのは、この家の居心地が良いからだろう。
「着替えるから、下行ってて」
「はいはい、早くね!」
母親は勢いよく扉を閉める。
僕はため息を漏らし、制服に着替えた。
階段を降り、リビングの前を通る。
「朝ごはんは?」
「いらない。時間ないし」
「時間ないのはアンタが起きるの遅いからでしょ。全く、母さんが……」
母親はため息を漏らし、何か話しながらキッチンに向き直る。
よく聞こえなかったが、小言なのは一瞬で理解ができた。
「行ってきます」
僕はそう言って、履いた靴のつま先を玄関の床に叩きつけ、扉を開けた。
見慣れた風景と、見慣れた太陽が目に入る。
暑い。
「あ、ルインやっと来たぁ」
「ごめん、お待たせ」
僕がそう話すと、エヴァは笑って歩き出した。
その小さな背中を見ながら、僕も歩き出す。
「実技だねぇ」
「だね」
エヴァの言葉に、僕はそう答える。
特に変な返しではない、だが、エヴァは首を傾げた。
「いつものルインなら、嫌だって言うのに。魔術、苦手じゃん」
そう話すエヴァに、僕は目を見開いた。
そうだった。
僕は、魔術が苦手な生徒だった。
「あ、うん。苦手、だから少し練習したよ」
僕はそう返す。
嘘をついた。
練習などしていない、命をかけた争いを、何度も行って得た結果。魔術の根底を見たのは、言えなかった。
「えー、ルインが練習?」
ニヤニヤと、人を小馬鹿にしたような笑い方を、エヴァはした。
知らないから当たり前、僕はサボりがちで、利益より自身の心が動くかどうかを最重要に暮らしていた。
魔術に対してはさほど興味がなかったし、自分には無理だと言い聞かせ、諦めていた。
それでも、そんな理論を覆してでも、エヴァ、君を救いたかった。
「かなりきつかったよ」
僕はそう言って、エヴァを見つめる。
僕を見つめる青い瞳は、どこまでも深く、それでいて透き通っていた。
「なら、今度私と勝負ね!」
エヴァは確かにそう言った。
今度、いつか。
そんな曖昧な言葉を、もう何度聞いただろう。
でも、切り捨てる気にはなれなかった。
彼女との約束が、母親から向けられた愛が、僕の足を止められない最大の理由になっている気がしたからだ。
「わかった。なら、王都の祭りの日にしない?」
僕がそう提案すると、エヴァの瞳が輝いた。
「うん! いいね、いいね。学年でトップ、学校内でも名を轟かせている私の実力を見せてあげるよ!」
いつもはおとなしいエヴァは、目を輝かせ、前のめりでそう話した。
魔術が好きなのだろう。
消えてしまうかもしれないまやかし。
危うい願い。
再配置が起きるたびに繰り返される世界での約束事は、どこまで機能するのか。
鼻歌を歌いながら歩くエヴァを見つめ、僕は優しく笑う。
幸せな日々、この日々は続かない。
再配置を止めるまでは。
僕は深呼吸をして、空を睨んだ。




