Episode:27 ティリア・ファレット2
扉を開けると、長方形の広間に長い卓が置かれ、その上には使用人の分までもしっかりと置かれていた。
「ティリア、遅い」
「食事はみんなで食べると決めたでしょう? あなた一人ではないのです」
ティーちゃんが広間に入ると、父親の注意に続くように母親までもが小言を漏らす。
当時のティーちゃんは、それがひどく嫌だった。
「先食べていればいいじゃニャいですか」
ティーちゃんがそう話すと、母親は桃色の髪を揺らしてため息を漏らす。
「だから……いや、まぁいいです。早く座りなさい。使用人達も待っています」
母親の言葉に、ティーちゃんは横に立つ白髪の男を見上げる。
「ティリアお嬢様、行った方がいいと思いますよ」
男はティーちゃんを見下ろしながら、優しく笑う。
その言葉に、ティーちゃんはため息を漏らして歩き出し、食卓の椅子に座る。
「いただきます」
ティーちゃんはそう言って食器を持ち、カチャカチャと小さく音を立てながら食べ始める。
その光景に、両親は優しく笑い、食事を始めた。
屋敷の主人達が食事を始めたことを確認した使用人達も椅子に座り、肩の力を抜いて食べ始める。
ティーちゃんが産まれた時はすでにかなりの地位についていたファレット家だが、元々は庶民だった。
庶民時代、周りの人に助けられることが多かったという経験を胸に刻み、人は大切にするようにとの教えがある。
そのためか、食事の時のみは上下関係の一切を廃止し、各々が自由に食事をしていた。
「これ……美味しい」
母親がそう呟いた。
彼女がそう話して目を落とすのは、肉だ。
羊肉だろうか、ティーちゃんには苦手な匂いで、好んで食べたりはしなかった。
焼いた羊肉に、塩を染み込ませ、野菜を使った甘みの強いソースを使った料理だった。
「これ作ったのは誰ですか?」
母親のその声に、水色の髪を団子のように束ねた女性が立ち上がり、手を挙げた。
「はい! はいはい! 私です!」
卓に手をついた為か、少しの振動で料理が揺れ、他の使用人がため息を漏らしながらも優しい笑顔を浮かべる。
「エリーの料理でしたか。あなたのは昔から美味しいですね。人族は、獣人の私達より舌が繊細だと聞いたことがあります、よろしければ明日の朝もこれにしていただけますか?」
母親の言葉に、水色の瞳を輝かせ、首を縦に振る。
「はい! わかりました!」
エリーと呼ばれた女性は、椅子に座り、床を足で細かく叩いている。
喜びから高揚感が隠せていない。
「おめでとう、エリー」
「すごいじゃん」
エリーは他の使用人からも褒められ、少し頬を赤くしながら食事を続けていた。
パリンッ
直後、食器が割れるような音がした。
ティーちゃんは食事を止め、周囲を確認する。
団欒とした空間、誰も気がついていないのだろうか。
「……ティリアお嬢様、どうかなさいましたか?」
横に座る白髪の男が、ティーちゃんの異変に気づいて声をかけてきた。
彼は優しい声で問いかけつつ、首を傾げている。
「何か音がしニャかった?」
「音……ですか?」
男はティーちゃんの顔を見ながら眉を歪める。
「どうしたのですか?」
ティーちゃんと男のやりとりを見て、母親が話す。
「いえ、お嬢様が何か音がしたと……」
「気のせいです。食事を続けましょう」
ザリッ
男と母親の会話の直後、割れた食器を踏み躙るような音が耳に入った。
耳が自然とピクリと動き、さらに音を受けとろうと感覚が鋭くなる。
そんなティーちゃんを見て、男が立ち上がった。
「皆さん、お母様、お父様、お嬢様を避難させてください。戦える人間は武器を」
男はそう話して、ティーちゃんを見下ろした。
なぜ、彼は冒険者でもないティーちゃんの言葉をすんなりと受け入れたのだろうか。
使用人の何人かが動き出し、誘導する。
「ティリアお嬢様、こちらに」
扉を開けると、先に使用人が廊下に出て確認をする。
「どうかしましたの?」
母親はまだ状況が飲み込めていないのか、使用人達に聞いていた。
「侵入者かもしれません」
男が放ったその言葉に、母親は目を見開いた。
直後だ。
「見つけたぞ!」
そんな声が無数に響いた。
窓の外を見ると、筋骨隆々な男が窓枠に掴み、中の様子を伺っていた。
「まずい……! 速度を上げてください! エリーさん! 武器!」
男の指示と共に、窓ガラスが割れる。
指示を受けたエリーは、武器を作り出し、男や周囲の使用人に手渡していた。
「魔剣士か……」
侵入した輩の一人がエリーを睨みながら呟く。
「アリスさん! どうしますか!」
エリーが男を見ながらそう叫んだ。
アリス。
そうだ、アリスだ。
ティーちゃんは元々使用人に興味はない、だから男の名前を覚えていなかった。
「取り敢えず、お嬢様を下げて!」
アリスはそう話したあと、パチンッと指を鳴らす。
「イーヴィル・ルーダー」
アリスのその言葉と共に、侵入した輩達が膝をつく。
吐くもの。
仲間を攻撃する者、壁に頭を打ち付ける者。
「幻惑魔術師か……!」
アリスは斥候。
相手を惑わし、道標を破壊する幻術の使い手だった。
「絶対止めますよ! 必ず!」
アリスの言葉に、使用人が武器を掲げ動き出す。
これが、悲劇の第一歩だった。




