Episode:25 深く、不快な怨み
バルドが倒れた直後、地面に着地したティリアは走り出した。
それは、先程までの冒険者としてのティリアではない。
「……ティリア?」
「何してんだい、あの子」
僕が小さく呟いた言葉に、横に立っていたディジーも首を傾げた。
地面に着地したシェラが、ティリアが走っていくのを見ながら、僕に視線を向ける。
彼もまた、事態を把握していない側の一人だ。
シェラの視線に気がつき、僕は小さく首を振る。
直後、鈍い音が響いた。
「おミャえ、おミャえら!」
鈍い音のした方角に視線を向けると、ティリアはバルドの頭を蹴り、拳を打ちつけていた。
「な、何なんだいあの子」
ディジーがその光景を見て、顔を引き攣らせる。
まだ死んでいないとしても、もう瀕死の人間にそこまでやる必要はない。
「ティ……ティリア!」
「アイツ!」
僕の叫びと、シェラの叫びが重なり、ほぼ同時にティリアの元に走り出す。
シェラがティリアの腕を掴み、引きずってバルドから離した。
「何してんだお前!」
「はニャせ! はニャせ!」
ティリアはシェラに抑えつけられながら、体をバタバタと動かしている。
殴られたバルドは、頭骨が割れ皮膚が切れたのか、頭の下に血溜まりが出来ていた。
「わる……悪かった……。許して…………許して」
バルドは僕にゆっくりと手を伸ばし、服を掴む。
口から溢れる血を吐き出し、許しを求めた。
「ティリア! ティリア、落ち着け! この野郎!」
シェラはそう言って、ティリアを地面に叩きつけて押さえつける。
「ルイン!」
「シェラ! ティリアを遠ざけてください!」
僕の指示にティリアを抱きかかえ、シェラは走り出した。
「はニャせ! はニャすんだシェラ! 略奪者が、ハーラッシュ!」
シェラの肩から覗くティリアの猫目は、怒りと、憎悪に満ちていた。
ディジーの足音が響き、僕は音のする方に顔を向ける。
「……何なんだい、あれ」
ディジーの話した言葉に、僕は首を振った。
「わかりません」
血を吐くバルドを見下ろしながら、僕はそう答える。
「何か、知っていますか?」
僕の問いに返されたのは沈黙。
すでにバルドは事切れていた。
「ティリアに直接聞くのが早いですよね」
僕がそう話すと、ディジーはため息を漏らしながらシェラとティリアがいる場所に目を向けた。
僕も目を向けると、シェラがティリアに何かを言っている。
声は聞こえないが、怒鳴り合っているようにも見えた。
「きっと、簡単なことじゃないね」
ディジーはそう言いながら僕に視線を向ける。
「分かるんですか?」
「まぁ、何となく」
僕の問いに、ディジーは曖昧な返答をした。
「取り敢えず、行きます」
「それが良い」
僕とディジーは歩き出し、シェラとティリアに近づいていく。
「あんな事しても意味がねぇだろ!」
「おミャえに何が分かるニャ! 初めから力を持って生まれた種族が、獣人の何を知ってるニャ!」
そんな怒鳴り声が耳に入る。
横を歩くディジーはため息を漏らし、眉間に皺を寄せた。
「ティリア……」
僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女は僕を睨んだ。
「アイツは……?」
「死にました」
その言葉に、ティリアは歯を食いしばる。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、力任せに叫んだ。
怒りと、憎悪の制御がまるで出来ていない。
「何で、どうしてそんなに固執するんですか」
僕の声に、ティリアは息を切らしながら僕を睨んだ。
「……」
「ティリア」
何も言わない彼女に、僕は再度問いかける。
「いくら相手が悪人だとしても、流石に過剰です。あそこまでやる必要はなかったはずです」
僕がそう話すと、ティリアは歯を食いしばり、僕につかみかかる。
「ルイン!」
止めようとしたシェラを制止し、僕はティリアを見つめた。
「黙れニャ……黙れニャ」
ティリアは声を振るわせ、顔を伏せる。
伏せた顔からは、透明な雫がこぼれ落ちた。
「……ティリア、話してください」
僕の言葉に、ティリアは服を握る拳の力を強める。
葛藤にも近い何かが、話すことを抑制していた。
「何か、協力できるかも知れません」
「――っ」
僕の声に、ティリアはさらに肩を振るわせた。
そして強く息を吸う。
「ティーちゃんは……」
ティリアは、ゆっくりと口を開いた。




