Episode:24 お前みたいなのがいるから
津波のように迫りくる瓦礫。
逃げ場がないと悟ったときにはもう遅く、ディジーの金騎士の力をもってしても僕の体を範囲外まで引きずり出すのは不可能だろう。
ここで終わり……また一日目から始めればいい。
そんな言葉が頭をよぎった。
「ルイン……手を伸ばせ!!」
右を見れば走りながらも僕に手を伸ばすシェラの姿が見える。
「――っルイン!!」
金騎士に抱きかかえられながらディジーは後退する。
その顔には、救えない者に対しての悔しさが滲んでいた。
「――ニャ」
ティリアも、僕に手を伸ばそうとしたが、迫る瓦礫を見上げすぐに離れた。
巻き添えを喰らってしまっては意味がない、そう判断したのだろう。
僕は覚悟を決め、瓦礫を見つめる。
押しつぶされての圧死……。
四肢が砕け、ひどい痛みのはずだ。想像するだけで筋肉が固まって動けなくなってしまう。
呼吸もままならなくなってしまうだろう。
肋骨が砕ければ、一息吸う度に胸が痛むはずだ。
願わくば、即死がいい。
一切苦しまず、目を覚ませば再配置が終わっていればいい。
何度も死んだ、苦しみたくはない。
不死隊に四肢をもがれ、頭に剣を振り下ろされた。
ティリアの持つ、ディスピルの毒と腐敗の魔剣で、肉を溶かされ全身から血を流したこともあった。
苦しいのは、怖いのはもう嫌だ。
せめて……せめて……。
僕は巡らせた思考を完結させ、これから訪れるであろう衝撃に覚悟を決める。
ゆっくりと目を瞑り、腕を開き、運命を受け入れた。
轟音が耳を貫き、それは次第に大きくなる。
視界はすでに土と木に覆われた、圧死は目前。
そんな刻だ……諦めたと思った僕の心は、まだ動いていた。
黒く、それでいて何よりも明るい炎が、心の中で燃え上がる。
感じる……魔力の奔流。
魔術の核心。
「――ふざけんな」
僕は呟き、目を開いた。
死ぬのが苦しいから、即死がいい……?
ふざけんな……なんで、死ぬのを受け入れるんだよ。
僕は……終わらせるためにここまで来たんだろ。
直後、全身の毛穴から水があふれ出るかのような感覚に襲われる。
これが魔力なのだとしたら、今は……負ける気がしない。
魔術とは想像を形にする力だ、精神は命を削ることで鍛えた。
死に近い経験……? 僕は何度も死んでるよ……!!
「――トラクト・ディーゼ」
無意識に発した詠唱は、地面の一部をせり上げ、重厚な壁を築いた。
壁だけでは足りないと判断した僕は、まるで小さな家でも作るかのように、自身の周りに壁を立て、天井を塞ぎ、即席の箱に身を潜めた。
振動は直に伝わるが、壁が壊される心配はない。
轟音が鳴りやんだ後、ゆっくりと魔術を解除する。
視界に広がったのは、原形をとどめていない森の姿だった。
「……ひどいな」
近くにあった村も、何もかもをすべて飲み込み、瓦礫と死体の山を築いていた。
「……あぁ? なんで生きてんだ、お前」
バルドは僕の顔を睨み、魔剣を握りなおす。
「なんでだと思いますか?」
僕は彼を見ながら、そう話す。
そんな僕をバルドは鼻で笑い、首を傾げた。
「さぁなんでだろうな?」
「あなたを…………いや、あなたなんて呼ばれるほど、立派な人間ではないですね」
そう呟いて、僕はバルドを睨む。
そして、口をもう一度開いた。
「お前を殺すためだよ」
僕がそう呟いた瞬間、バルドの顔がひどく歪んだ。
「お前、誰にもの言ってんのかわかってんのか?」
バルドが小石を拾いながら僕を睨む。
「えぇ、黒曜級の落ちぶれた冒険者に言ってます。多額の金で雇った仲間は僕の仲間に殺されてあなた一人…………どうやら、金で品性は買えないみたいですね」
「このクソガキがッ!!」
僕の挑発に、バルドは複数の小石を空高く投げる。
その行為と同時に、僕は走り出す。
だが、あの衝撃波の発生条件や方向が分からない以上、近づくのは危険だ。
それでも、シェラのおかげで見つけた仮説を試すために行動を起こすのは、価値があると、僕は考えた。
「エルナ・フィルト」
僕は自身の後ろに風魔術を放ち、一気に距離を詰める。
「そんなに近づいて大丈夫かよ!」
バルドがそう話しながら斧を振るった瞬間、僕は詠唱を始めた。
「トラクト・ディーゼ」
狙いは小石。
バルドの足元から現れた土の壁は、小石を弾き、あらぬ方向へと飛ばす。
だが、バルドは斧を振りぬき、その刃は土の壁を叩いた。
フィィィィン
甲高い音が鳴り響き、衝撃波が発生する。
「マズイッ!!」
土をえぐりながら迫る衝撃波を防ごうと壁を形成する。
「トラクト・ディーゼ!!」
瞬間的に出た壁は脆く、衝撃波が直撃すると砕け、背後にいる僕ごと弾き飛ばした。
「――っ!!」
胸骨が軋み、身体が地面の上を転がる。
そして、何かにぶつかった。
「ずいぶんと……ド派手な登場じゃねぇかルイン……」
僕の腕を掴みながら体を起こさせたのは、黒いい鱗が全身に生えた蜥蜴人、シェラだった。
「シェラ……生きていたんですか?」
「頑丈さが取り柄なもんでね」
シェラはそう話しながら僕を見る。
そして、ニヤリと笑った。
「冒険者じゃないルインが、黒曜級相手に耐えてるなんてな。いつの世も、魔術師はバケモンしかいねぇのか?」
シェラはそう話しながら、僕の肩を叩く。
僕を魔術師と認め、初めて戦闘が可能な人間、戦士として見られた様な気がした。
「さ……やるか。流石に頭にキちまった」
そう言って、シェラは大曲剣を握りなおす。
そして、走り出した。
「おいおい、そんな一直線でいいのかよ!! 俺の魔剣の範囲だぜ!!」
「あぁ、そうかよ」
バルドの余裕の挑発に、シェラは顔色を変えずにそう話した。
そして、誰にも聞こえないほどの声量で、何かを口走る……。
直後だった。
シェラの体が大きくなったように見えた。
幻覚の類か、筋肉量が一気に増え、力が増したようにも感じる。
心なしか、先ほどまでのシェラとはどこかが違うような気がしたのだ。
シェラは腰を落とし、速度を上げた。
それはあの体躯からは想像できないほど凄まじい。
ディジーの召喚した金騎士に匹敵する速度……そのまま、バルドに大曲剣を振り下ろした。
「――ふっ!」
ガインッ
鈍く、重い音が鳴り響き、バルドの立っていた地面が沈む。
「――っぐ!」
バルドが斧で大曲剣を受け止め、顔を歪めた。
「お前も、横がガラ空きだろうが!!」
大曲剣を受けていた斧を一本攻撃に扱い、シェラの左脇腹を狙って横薙ぎに振るう。
だが、シェラは大曲剣から左手を離し、刃をつまむように五本の指で受け止めた。
「――なんだこれ」
困惑するバルドをよそに、シェラは頭突きを繰り出す。
バルドの鼻が折れ、鮮血が噴き出した。
「クソッタレが!!」
シェラの拘束から逃れたバルドは、無造作に斧を振り回す。
まるで近寄るなと拳を上げる子供の様だ。
「いま!!」
そんな声が響いた直後、雷のような光が僕の背後から駆け抜けた。
そして、それはバルドの腕を止めた。
「斧を受けるんじゃなく、振る腕を止めればいい……。まぁ……当たり前だけど、盲点だったわ」
背後から響いた声に、僕は振り返る。
そこには、双丘を揺らしながらため息を漏らす銀髪の褐樹人がいた。
「ディジー!!」
「アイツも生きてるよ」
ディジーはそう言いながら、親指で左側を示す。
その方向に視線を向けると、少し離れたところから、大回りで走り出す桃色の毛並みをした獣人が見えた。
「ティリア!!」
僕の声に、ティリアは笑い、すぐにバルドを睨んで速度を上げた。
「おミャえみたいなのがいるから、みんな不幸になるんだニャ!!」
ティリアはバルドの背後に周り、背中に短剣を突き刺す。
バルドは鋭い痛みに顔を歪め、歯を食いしばった。
「全員道ずれにしてやる」
そう言って、バルドは斧を握り直し、地面に向かって振り下ろした。
フラフラと足が崩れ、地面に膝をつきながらも、バルドは斧を振り下ろす。
甲高い音が響くが、なぜか衝撃は弱く、僕のところまでは届かない。
それでも、近くにいるシェラと、ティリアは危険だ。
地中で衝撃波が発生し、中から爆発するように土が巻き上がる。
宙に身を投げ出したシェラは、僕を見つめて叫んだ。
「ルイン!! オメェがやれ!!」
その姿を見て、その言葉を聞いて、僕は右手を離れたバルドに翳す。
そして、ゆっくりと、詠唱を開始した。
「トラクト……」
想像は石の槍。
先端は鋭利に、風を切り、抵抗を受けずに貫ける武器。
鎧を砕き、肉を穿つ。
右手が生み出したのは、石のように固く、槍のように鋭い一つの塊。
槍の先端のように尖り、貫通を目的とした穿ち、殺傷するための魔術。
「――リカール!!」
詠唱の終了と共に、右手から魔術が放たれる。
風を切る音を響かせ、まっすぐにバルドに向かっていった。
「全員、全員殺して……」
最後の一撃、バルドが両腕を天に掲げ、魔剣……セル・ゴロンの強震の魔剣を振り下ろす直前に、魔術が静かに胸を貫いた。
貫かれた胸部から、ジワリと血液があふれ出す。
バルドは一瞬だけ動きを止め、直後に、何かを言いかけた、開いたままの口から血を吐き出した。
「あ……はぁ…………クソ」
バルドはそう呟き、地面に倒れる。
僕はその光景を見つめ、深呼吸をした。
そんな僕の肩を叩き、ディジーは優しく笑う。
「よくやった」
ディジーのその声に、僕はただ、安堵の息を漏らした。




