Episode:1 知っている一日
僕の喉の奥から気の抜けた声が漏れ、それに反応するようにエヴァは首を傾げた。
「……寝ぼけてるの?」
「え、あぁ、いや。寝ぼけて……ない」
僕は状況がわからず、頭の中からスッと何かがなくなったように空っぽになる。
思考がまとまらない。
何が……。
「取り敢えず、学校行くから! 早く着替えてよね!」
エヴァはそう話しながら部屋から出て行った。
着替え……。
着替え……。
あまりにも理解の追いつかない状況に、脳の処理が間に合わず、同じ言葉が何度も繰り返される。
「と、取り敢えず着替えなきゃ」
今は落ち着くために深呼吸をして、ルーティンに手を出す。
制服を着れば、いつもと同じ行動をすれば何か......。
直後、エヴァの言葉が頭の中で響く。
寝ぼけてる……か。
そうだ、きっと僕は寝ぼけている。
あの七日間は全部夢で……だから大丈夫。
僕は自分にそう言い聞かせる。
すると、不思議と体が軽くなるのを感じた。
制服を着て、ボタンを止める。
鏡には、まだ戸惑った表情の赤髪の少年が写っていた。
「よしっ! 切り替えるか」
そう言って扉を開き、廊下で待っていたエヴァを見つめる。
「行こうか」
「朝ごはんはいいの?」
「時間ないからいいよ」
僕の返答に、エヴァはふーんと鼻を鳴らしながら頷いて先に歩きだした。
「行ってきます」
リビングにそう声をかけると、母親の声が帰ってきた。
何かに集中しているのか、どこか空返事だ。
玄関で靴を履き、扉を開ける。
少し暑く感じる太陽に目を細め、学校がある王都を目指した。
少し歩くと、エヴァが話す。
「そういえば、もう少しで王都の祭りがあるね」
既視感……。
心臓が高鳴り、焦りと共に未来を知っているような楽しさも芽生える。
これが……予知夢ってやつか……。
そこで、僕は試してみることにした。
予知夢を見る機会などほぼない。
今はこの状況を楽しむべきだと、そう思った。
「そうだっけ?」
僕は夢と同じ状況を作るべく、同じ反応をする。
そして確か……次のセリフは……。
「そうだよ、校内の掲示板にも張り紙あったじゃん」
エヴァがそう話す。
全く一緒の仕草、全く一緒の言葉。
恐怖するはずの今の状況が、世界を知りつくしたような万能感が、楽しくて仕方がなかった。
「何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪い」
「失礼な、ただ笑ってるだけだ」
エヴァは僕の返事に笑う。
平和な景色が目の前に広がっていた。
王都の門につき、門番に学生証と通行証を手渡す。
エヴァもそれに続くように手渡した。
「ルインもエヴァも、遠くから偉いな」
夢と同じように、門番の男が話す。
「おじさんも、いつもありがとうございます」
エヴァがそう話して、軽く頭を下げた。
この場面も夢と同じ……こんなにも同じになる物だろうか……。
楽しさを感じつつも、僕は心のどこかで不安を抱えていた。
「よし……異常なし、通っていいぞ……。今日は実技試験だろ?魔術師の出入りが多い、頑張れよ、二人とも」
門番から学生証と通行証を受け取り、ポケットに押し込む。
「……適当に頑張ります」
少し戸惑ったような素振りを見せた僕を見て、門番がため息を漏らす。
「ルイン、大丈夫だ。お前なら実技も問題ない」
「あ、ありがとうございます……」
僕は唾液を飲み込み、門を潜った。
門を潜ると視界に飛び込んできたのは、石畳の地面と、多彩な色を持った建造物。
人の群れと、活気の溢れる声だった。
「……一緒だ」
夢の中では気にしなかったが、覚えている。
次第に背中に汗がジワリと滲む。
予知夢ってこんなに一緒になる物なのだろうか……。
初めての経験でわからない……。
「ルイン……大丈夫?」
呼吸が荒くなる寸前、エヴァの声で思考が現実に引っ張られる。
「……え、え?」
その声に僕はとっさに誤魔化そうと、変な声を出してしまう。
だが、エヴァの表情は依然として、心配しているようだった。
「汗……すごいけど……。今日暑い?涼しいと思うけどな」
エヴァは空を見ながらそう話す。
雲一つない快晴……太陽は少し眩しく感じた。




