Episode:15 話すべきだ
――シェラ
校舎内を歩いていると、言い争いをしている声が耳に入る。
「朝っぱらから元気だな……」
俺はそう言って、人混みを掻き分けた。
別に喧嘩が好きなわけじゃない。
ワクワクするかって言われたら、もちろん首を縦に振るが、俺から喧嘩を売るってことはあり得ない。
腐っても、冒険者だ。
「おい、おい」
俺はそう呟きながら、獣人と褐樹人の間に入る。
「オメェらさぁ、こんな人混みで喧嘩すんなよ。バカなの?」
俺がそう話すと、獣人と褐樹人は完全に萎縮した。
個人的には、かなり軽く、威圧感を与えないように話したつもりだったが、何故そんなにビビるのか……。
少しの不満を胸に、取り敢えず笑ってその場をやり過ごした。
「シェラ!」
どこからか声が響く。
若い、青年の声だ。
俺は人混みを掻き分け、声のした方に歩いていく。
すると、赤い髪が見えた。
想像していたよりずっと小さい……。
まだ子供じゃないか。
隣には見知らぬ褐樹人、会ったことがあるのか?
依頼中に助けた誰かの息子……依頼主って線は薄いか、金なさそうだし。
「なんで俺様の名前を知ってる?」
俺がそう話すと、赤い髪の青年は口を開く。
「エリクト」
たった一言。
その一言で、俺にとっては十分だった。
アーガスの死の後、俺だけが決めた俺の合言葉。
ありとあらゆる種族の言葉を漁り、似ているものが無いかを探し、極端に少なく、日常生活ではほぼ使わない単語……。
初対面で……いや、過去に会っているのかもしれないが、それでも、俺には理解ができた。
「オメェ、名前は? 今何回目だ」
俺がそう話すと、横にいる褐樹人は目を見開く。
意外なのだろう。
たった四文字の単語が、冒険者の人生を変える。
「僕はルイン。こちらはディジー、黒曜金級です。世界は再配置されています。助けてください」
簡潔な説明。
初めてじゃねぇな。俺のことをよく知って、要点だけ突き詰めたような話し方だ。
「再配置? の開始は?」
「七日後です」
七日後……。
アーガスの時よりはるかに短い。
アイツの日記には九十日前後までの記録があった……かなり、きついんじゃないのか?
「これからどうする?」
「少し、気になったことがありまして。街道を歩いて森に行かなくては行けません」
「わかった」
現状、情報を持っているのは、ルインと名乗ったこの青年だけだ。
だから、従うしかない。
アーガスの時も寄り添えていたら、アイツは死ななかったのか、今でも気にしてしまう。
「待って、待ちなさい! 何もわからない! 再配置って何!? 世界が繰り返されてるって、イカれてんじゃないの!?」
ディジーがそう話しながら、目を見開く。
当たり前だ。
俺も、アーガスに言い寄られた時は同じ反応をした。
だから、その気持ちはよくわかる。
「そうだな。訳わかんねぇよな。ルイン、今持ってる情報を出せ。俺様達はお前の情報に命を賭けることになる、知ってること、全部吐け」
俺がそう話すと、ルインは俺とディジーを見て、ため息を漏らした。
「わかりました。取り敢えず、街道を抜けます。途中で嵐鳥の群れが出ますが、ディジーの銀騎士と、炎魔術の魔具で焼き尽くします。そこからは平和です、森の中には入った事がないんです。だから、今回はそこまで行きたい」
「アタシの魔術と、魔具のことを知ってんのかい……」
冷たい瞳をしたルインを、ディジーが睨んだ。
「ディジー、今は争ってる場合じゃない、聞いたろ? 今の情報は正しい、コイツは一度経験してる。間違っちゃいないはずだ、だから俺様達はルインの指示に従うしかない」
そう話すと、ディジーは歯を食いしばったが、ため息を漏らして手を翻した。
「はいはい、わかったわかった。面白そうだし、付き合ってあげるわよ、でも……ヤバくなったらアタシは見捨てるからね」
ディジーがそう話すと、ルインはディジーを見つめた後、視線を外して歩き出した。
それからと言うもの、全てが聞いた通りだった。
初めは疑っていたディジーも、次第にルインの指示を聞くようになり、場がまとまっていく。
そして、夜。
俺とディジーが地面に腰を下ろしている間、ルインだけは闇を見つめていた。
パキッ
枝が折れる音が響き、闇が揺れる。
そして、姿を現したのは、漆黒の軽装に身を包む、桃色の毛並みをした獣人だった。
「ティリア……」
ルインは小さく呟く。
それを聞いていたのは、おそらく俺だけだろう。
「おミャえ。ティーちゃんにずっと気がついていたな?」
ルインは森に入るのは初めてだと言っていた。
だが、彼女のことは知っている。
嘘を……ついていたのか?
「だとしたら、なんですか?」
ルインが話した言葉に、ティリアは顔をゆがめた。
恐怖とは違う、奇妙で、正体不明の何かを見るような目だった。
「ル、ルイン」
俺は呟いていた。
ルインの気味の悪さと、三人を目の前にして退くことのないティルアに異常性を感じている。
「大丈夫です。シェラ……。ディジー」
ルインはゆっくりと歩き出し、ただ立ち尽くす。
戦闘態勢にすらなっていない、構えてもいない。
だが、近距離を得意とする俺でさえも、目を見張る光景がすぐに広がった。
静かな足音と共に、ティリアが走り出す。
それは、早く、俺でさえも急な反応は難しい。
予備動作が少ない短剣を相手に、かつ獣人特有の速度……それが組み合わさった凶悪さは、接近戦を得意とする俺がよく理解している。
だからこそ、目の前に広がった光景が信じられなかった。
「――っふ!」
素早く突き出された短剣を、ルインは少し身体を逸らしただけで回避した。
突き出した短剣を横に振る動作も、ルインは身体を下げ回避する。
そのまま身体を捻って、ティリアの右脇腹に拳を放つ。
が……流石に力が弱いらしい、子供の体で、戦闘経験はおそらく浅い、だとしたら打ち込みが弱いか、筋力が足りないのは明白だ。
「――ぐっ」
ティルアは右の脇腹を打たれ一瞬怯んだが、身体の内側には響かない打撃だからか、すぐにニヤリと笑う。
「そんなもんかニャ」
「エルナ・フィルト」
ルインの詠唱直後、ティリアの体が浮いた。
「――ぎっ!」
玉のように地面を弾み、ティリアは右脇腹を抑える。
「内臓は回避してます。話がしたい……あなたと」
ルインは膝をつくティリアを見下ろしながらそう話す。
短剣を向けた相手が、自身を殺さず対話を求めている様子を見て、ティリアは眉を歪めた。
俺はその光景を見つめ、ゆっくりと口を開く。
「ルイン……」
俺が名前を呼ぶと、ルインはゆっくりとこちらに視線を移す。
「はい?」
「オメェ、何回目だ」
俺のその言葉に、ルインは優しく、そして寂しそうに笑った。




