Episode:13 誰のために
闇の中から、ゆっくりと姿を現す。
「おかしいニェ。そこのおミャえ、最初からティーちゃんに気がついていたんじゃニャいか?」
獣人がそう話す。
僕はただ、ゆっくりと軽い足取りで姿を現した彼女を睨んでいた。
「そんな怖い顔しないで欲しいニャ。友好的に行こうニャ、友好的に。初対面じゃニャいか」
そう言いながら獣人は笑う。
頭巾で表情は見えない、楽しそうに話す彼女の声だけが、森に響いた。
「おい、ルイン……悪いやつには見えないぞ」
「ルイン、情報が間違ってるんじゃないかい?」
僕の半歩後ろで、シェラとディジーが話す。
僕が話していた態度と、かなり違うからだろう。
だが、僕は知っている。いや、僕だけが知っている。
「略奪者のくせに、何言ってるんですか? 友好的……なんて、あなたが一番望まないでしょう? 冒険者殺しの愉快犯さん」
僕がそう話すと、獣人の足が止まる。
「はは……ははは。ティーちゃんも有名になったのかニャ……」
自嘲にも近い笑い方。
少しばかり、悲しんだような声色。
何か、あるんだろうか。
「うん、そうニャ。ティーちゃんは冒険者殺しニャ」
獣人はそう話し、腰に差してある短剣をゆっくりと引き抜いた。
そして、獣人は頭巾を取る。
桃色の毛並みが月明かりに照らされ、フワフワと柔らかな耳が動く。
桃色の瞳は、僕らをまっすぐ見つめた。
「殺してあげるニャ」
その言葉を聞いて、僕は目を細くする。
「はい、やり合いましょう」
僕のその言葉に、桃色の瞳が光り、口元が優しく笑う。
この瞬間初めて、獣人は悪い奴ではないのかもしれない。
そう感じた。
だが、こちらも事情がある……御託や綺麗事を並べたところで、事態は好転しない、だから……僕も右手を突き出した。
直後、獣人が走り出す。
初めから最高速度だろうか、目にも止まらぬ速さとは、こういうことを言うんだろう。
だが、残念だ……。
ただ立ち尽くす僕の胸に、赤黒い切っ先が迫る。
次の瞬間、それは届くことはなく、高く打ち上げられた。
「対策済みです」
「ヴェール・エルキス」
銀騎士が弾き、獣人は驚いたような表情をする。
銀騎士は生物じゃない。道具だ、役割を果たすだけの道具。
だからこそ、迷いがない道具ならではの適切な判断。
銀騎士が退かない限りは、短剣の刃が届くことはない。
僕の眼前で火花が散る。
速度を徐々に上げる獣人について行くように、銀騎士が防御に徹していた。
だが、勝利の一手にはならない、だからこそいい。
「バシフィールの凍結の魔剣」
冷気が漂い、一瞬にして場が凍る。
銀騎士は全身が凍り付いたが、本能で察知したのか、獣人は身を引いていた。
「……魔剣かニャ……」
「アンタも魔剣を使ってるんだ、ズルとかは、言わないだろう?」
ディジーがゆっくりと歩きながらニヤリと笑う。
その瞳は、完全に敵対心が芽生えていた。
「――っち」
獣人は短剣を構えながら舌打ちをする。
現在の状況が不味いことさえ、素人でもわかる。
短剣は距離が出ない。
接近は必須、魔剣の効果は無機物である銀騎士には通用せず、それが一体ではない。
退くべきだ、尻尾巻いて逃げて当たり前だ。
だが、獣人はそうしない。
むしろ、さらに腰を低くして戦闘態勢に移行した。
「マジか、コイツぁイカれてる」
シェラがそう言いながらニヤリと笑う。
心底楽しそうだ、興奮、闘争を求める彼の心は、今満たされた。
「先は――魔術師!」
獣人の高い声が響いた直後、土煙が巻き上がる。
駆け出し、いや……疾走。と言う言葉が適切だろう、数体いる銀騎士の間を縫うように走り、ディジーに近づいていた。
「――ディジー!」
僕は叫ぶ。
生物は走ったら、急には止まれない。
だが、獣人の体捌きはそれを超えていた。
「――ここ!」
ディジーに短剣が迫る直後、パァンと高い音が響く。
「――ぶっねぇ! 体が追えなくても、狙いが分かりゃ予測はできるだろうがよぉぉ?」
短剣を握る獣人の腕を握り締め、シェラはニヤリと牙を見せる。
興奮で瞳孔が綺麗な円状に広がり、視野が広がっているのがよくわかる。
「さすがです! シェラ!」
「直角に曲がるなんざ聞いてねぇんだよ!」
僕も走り出し、ディジーとシェラに接近する。
「――力……強い!」
獣人がそう呟きながら短剣を離す。
地面に迫る短剣は、桃色の尻尾が柄を掴み、操作する。
「残念ニャ!」
「どっちが!」
シェラの左脇腹に迫る切っ先は、銀色の剣で弾かれる。
「――魔術師がぁ!」
――バシフィールの凍結の魔剣
獣人の叫びをかき消すように、冷気が立ち込め、徐々に草花が凍りつく。
「エルナ・フィルト」
僕は右手を突き出し、詠唱を終わらせる。
右手のひらには、圧縮された風の魔術、刃の形状を想像し、穿った。
「――っち!」
舌打ちをした獣人が、シェラの腹筋を足場に腕を掴まれたまま身体を振り上げた。
「狙い通りですよ」
振り上げられた体。
だが、回避に専念した獣人は、一つ間違いを犯している。
それが、尻尾。
尻尾で握っていた短剣は銀騎士に弾かれた。
離すまいと力んだだろう、筋肉の力みは、すぐには解けない……だから少しばかり出遅れたのだ。
風の魔術が尻尾の先端を切断し、鮮血が舞う。
振り上げた勢いで、切断された尻尾は離れた所まで転がっていった。
「――っぐ!」
獣人の表情が痛みで歪む。
だが、畳み掛けるようにシェラに掴まれた腕が凍り始める。
「キタァ! オラよっと!」
パキンッ
これも狙い通り。
獣人の肘が凍り付いた瞬間、シェラは腕を捻った。
尻尾を切断した痛みで、思考が鈍り、全身に力が入る。
予想通り。
僕だけじゃ出来ない、シェラとディジーの……黒曜級の身体能力と、判断能力に全てを賭けた作戦。
硝子が割れるように、獣人の右腕が肘から砕ける。
砕け、切断された箇所から多量の鮮血が舞い、シェラの顔が赤く染まる。
ニヤリと笑うシェラは、彼女にはどう映るだろうか。
獣人が一瞬だけ恐怖の表情を浮かべたが、すぐに身体を捻り回し蹴りをする。
だが、筋骨が発達した蜥蜴人には、軽い。
足を掴み、シェラが大曲剣を抜く。
「終わりだな、ここで」
獣人は大曲剣を振り下ろしたシェラの体を左脚で踏み、再度身体を振り上げようとするが、右脚を掴まれた状態では叶うことはない。
大曲剣の切っ先が右肩から浅く入り、胸を通る。
腰を裂き、左脚を完全に切断した。
鮮血が舞い、水音を立てながら地面を赤く染めた。
「――っはぁ」
シェラは声を漏らし、獣人を離す。
地面に落ちた獣人は、残された左腕と、右脚だけの力を使い、地を張っていた。
「――まだ……まだ……」
短剣を掴む尻尾に、徐々に這い寄る。
獣人は、まだ諦めていない。
その光景を、ただ見ていた。
「ティーちゃん……は、死なない……死ねない……」
赤い道を作るように、彼女は短剣に一直線だった。
「死ねない……、死ねないんだぁぁぁぁぁぁ!!」
「ディジー」
獣人の叫びに被せるように、僕はディジーの名前を呼ぶ。
意図をすぐに汲み取ったのか、僕らの背後から銀騎士が一体だけ駆け出した。
鎧の音が響き、銀色の直剣が月明かりに照らされる。
いずれ重い足音は止まり、銀色の直剣が赤く染まった。
「……特に、気持ちのいいものではないですね」
僕はそう言いながら、遺体となった獣人に歩く。
魔剣は使えるかもしれない、回収して、僕の武器にしよう。
ゆっくりと歩き続ける足が、濡れる。
水ではなく、赤い血だ。
その刻、しっかりと実感した。
もう、戻れないと……。




