Episode:11 冒険者殺し
倒れたシェラを一瞥し、獣人はこちらに走る。
速度は凄まじいが、怒りに任せた足取りは重く、一歩一歩が土を抉り、巻き上げる。
「ディジー!」
「わかってる!」
僕の言葉にディジーが外套に右手を入れて、魔具を出す。
「奇輝の指鎧」
ディジーが取り出したものは、指を完全に覆うように金属が纏わされた爪だった。
黄金に輝くそれは、彼女の詠唱と共に発光する。
「――っ!」
奇跡の能力を持つ魔具。
太陽の力を持つ奇跡は、不死隊のような異形に対して効果的だ。
その反面、冒険者、生身の生物に対しては効果を発揮しない。
だが、使い方は攻撃だけではないだろう。
目眩し。
僕の背後から発せられた光は、僕の前にいる獣人には眩しかった。
猫目は特に、強い光に対しての反応が顕著になる。
だとしたら、立て直すのも、時間が要る。
たった一瞬、目を細め、顔を背けた獣人の隙を、僕は見逃さない。
「エルナ・フィルト」
僕は自身の背後に魔術を撃ち放つ。
風の魔術は普通に使えば攻撃だが、圧縮して放つことで推進力にもなりうる。
大人の体重なら難しいかも知れないが、子供の体ならではの戦い方を生み出す必要がある。
魔術が体を浮かし、まるで飛ぶように前に進む。
「やれ、ルイン!」
ギリギリまで近づき、獣人の頭目掛け魔術を詠唱する。
「ディア・フィルト」
詠唱と共に、左手のひらに発生した火球は、徐々に大きくなっていく。
左手は利き手ではないから、右手より精度が落ちる。
だが、距離は近く、火球の大きさも申し分ない、なら……殺せる!
火球を放ったが、視界に映る火球は獣人の遥か後方にある木を燃やしていた。
「――っな!」
僕は声を上げ、下を見る。
そう、獣人は僕の魔術を頭を下げることで回避していた。
目は瞑ったまま、目眩しをまともに喰らい、目は開いていない、なのに、回避したのだ。
「――っふ!」
低く屈んだ獣人が繰り出す横薙ぎの脚技、それは僕の左足を払うように強く押した。
繰り出された脚技、回避は間に合うはずもなく両足が地面から離れる。
僕の身体が浮いた直後、獣人は地面に手をつき、回転しながら足を上げ、僕の腹部を強く蹴り付けた。
「がはっ……!」
強い蹴りに体が飛び、地面を転がる。
「ルイン!」
ディジーの叫び声と共に、銀騎士が駆け抜ける。
十数体。
盾を持つもの、槍を持つもの、直剣や、両手剣までも多種多様、戦い方を変えながら躱すのは至難の業だ。
鎧の音と、重い足音が響く。
無造作で荒い足音は、地面を振動させていた。
「冒険者ぁぁぁぁぁ!」
僕らに叫ぶ獣人の目は、しっかりと開かれていた。
目眩しからの復活、すでに戦える状態だ。
腰を落とし、獣人は疾走する。
「奇輝の指鎧」
ディジーの詠唱直後、魔具が光り輝いた。
だが、二度目は通用しない。
獣人は跳躍と同時に身体を回転させ、発光の時のみはこちらに背中を向けていた。
そして、光が収まった時に、回し蹴りを先頭を走る銀騎士に放つ。
頭をとらえたそれは、銀騎士の体を浮かし、吹っ飛ばした。
着地してからも止まることはなく、振り下ろされる剣を回避し、拳や蹴りは上手く凌いでいた。
凄まじい戦闘能力。
敵ながら、すごいと……そう思った。
そして、届くはずのなかった短剣の切っ先が、ディジーの喉に迫る。
僕の体はすでに動いていた。
「ディジー!」
ディジーの身体に突き倒すように体当たりをする。
銀騎士がいなければ間に合わなかった。
「ルイン!?」
ディジーは驚いた様子で地面を転がる。
彼女が死ねば、この戦いは破綻する。
犠牲を無駄にしないためにも、勝つべきだ。
「ディジー! あなたは死んじゃいけない!」
僕がそう叫ぶと、ディジーは転がりながら地面を強く叩き、回転しながら跳ね起きた。
直後、視界に透明な氷が現れた。
土から生えるように、槍のように先端が尖った太い氷が獣人に伸びる……だが、獣人は身体をくねらせ回避をした。
「身体柔らかすぎだろ!」
僕は気がついたらそう叫んでいた。
獣人は跳躍し、氷槍を足場にして更に高く飛んだ。
バシフィールの凍結の魔剣でも捉えられない。
不意打ちも、すでに通用しない。
そして、赤黒い刃は、ディジーの腹部に突き刺さる。
「はぁっ……はぁっ……。あと……一人ニャ」
獣人はそう言って、僕を睨む。
「させる……ゴホッ……かよ」
絶え絶えのディジーが、血を吐きながらも呟き、腹部を刺す短剣と共に、獣人を捕える。
これが、勝機だった。
いや、事実上の勝利だろう。
銀騎士が走り出し、十数本の武器が、ディジーもろとも獣人の身体を貫いた。
「――ディジー!」
僕は叫んでいた。
自身を犠牲に、敵を倒す優しき冒険者の名前を。
「コイツッ……自分ごと……ガハッ」
獣人の口から血が溢れ出し、膝をつく。
それに続くように、ディジーも膝をつき、地面に倒れた。
銀騎士は剣を手放し、体の末端から粒子となっている。
ゆっくり、分解するように。
しばらくして、身体を突き刺していた武器達も、粒子となって姿を消した。
「…………ディジー……?」
僕は横たわる彼女のそばに駆け寄る。
血に濡れた銀色の髪を手で払い、顔を見る。
短剣が刺さった腹部からは腐敗臭が漂い、綺麗だった顔は爛れていた。
「肉が……溶けて……」
僕は一歩、後退り、短剣を踏んで尻餅をついた。
「はぁ…………シェ……シェラ……シェラ!」
僕は血で足を滑らせながらも立ち上がりシェラを見つける。
だが、こちらはもっと悲惨だった。
肉は完全に溶け、鱗だけが残る。
腐敗臭に包まれた肉塊は、蜥蜴人の原型はない。
ディスピルの毒と腐敗の魔剣。
腐敗とは、ただ腐らせるわけではなく、原型が保たれないほど爛れるのか。
胃から込み上げる物を抑え込もうとしたが、間に合わずに吐き出してしまう。
「なんで……なんでだよ」
僕はシェラだったはずの肉塊に問う。
返事はない、あるはずがない。
わかっていた、理解していた、だが、止まらなかった。
「何が、ダメだったんですか、シェラ」
そう呟いて、倒れているディジーを見る。
すでに身体が形を保てず、泥のように崩れている。
「何が、ダメだったんですか、ディジー……」
僕の声には、風さえも答えない。
ディジーの横に横たわる獣人の死体、僕はそれを見ながら歯を食いしばった。
そして、獣人を見下ろして叫ぶ。
「全部、アンタのせいだ。全部! 全部アンタの!」
叫び声が夜に響いた。
だが、どこからも、返答の声はない。
勝った、勝ったんだ。
犠牲はあった、無駄にしないためにも進め。
自分自身に言い聞かせるように心で唱え、ゆっくりと歩き出す。
だが、数歩で足が止まった。
今まで会ったシェラが、ディジーが、頭の中で話す。
思い出というカケラが、足を止めさせた。
(剣、買ってやるよ。友情の証だ)
(子供一人の笑顔守れないで、何が冒険者だい)
いくつもの声が反響する。
それはどれも、優しさに溢れていた。
「――ックソ!」
僕は踵を返し、ディジーに駆け寄る。
そして、視界に映ったのは、赤黒い短剣だった。
「馬鹿なこと考えるな、次勝てる確証はないんだ」
僕は、自分を諭すように話す。
無意識に短剣に手が伸び、拾い上げていた。
刃が首に触れ、冷たい感触が皮膚を敏感にする。
「やめろ、犠牲を無駄にするなんて考えるな」
震える手が短剣を強く握る。
シェラは僕のために、罪の償いを知るために見返りは求めなかった。
ディジーは、初対面の僕のために、命をかけた。
次は、僕が命を賭ける番だ。
助けられた、ここで見捨てたら、再配置の意味はない。
それに、この二人には、生きていて欲しい。
だから……だから。
「再配置だ」
僕はそう呟いて更に力を込める。
そして……。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に鋭い痛みが首を引き裂き、意識が消える。
次に目を覚ましたのは、いつものベッドの上だった。




