Episode:10 略奪者2
闇を駆け抜ける獣人。
僕を目掛け、まっすぐと飛ぶように走る姿には、斥候の才能が光っていた。
「反応できてない……いただいたニャ!」
短剣の切っ先を僕に向け、腕を伸ばす。
まるで槍のように突き刺さすようだった。
だが、その切っ先が僕に届くことはなかった。
「オラァッ!」
シェラの声が響く。
重い打撃音、骨が軋む音が響き、獣人の身体が地面に打ち付けられる。
土煙を上げながら地面を転がり、蹴られた左脇腹を押さえて咳き込んでいた。
「――ぐっ! でも切った。少し……」
獣人は脇腹を抑えながらゆっくりと顔を上げる。
切った。確かにそう言った、視界外からの不意打ちに反応して皮膚を切りつけたのか。
だが、相手が悪い。
「こんなでいいのか? ルイン」
蹴りを繰り出した右足をゆっくりと下ろしながらシェラはニヤリと笑う。
「はい、ありがとうございます」
僕はシェラにそう言いながらも、獣人から視線は逸らさずに睨んだ。
「剣士に剣を使わず戦えなんて、変わった作戦だと思ったが……なるほどな、速度を重視して回避をしやすく、かつ鱗で覆われた手足を使って戦闘することで魔剣を無効化か……」
シェラは楽しそうに声を弾ませながら話す。
全ては話していない、シェラには、大曲剣は使うな。そうとしか話していない。
たったそれだけの指示でこちらの意図を読み取るのは、冒険者という経験が生きているのだろう。
「悪いな、略奪者。どうやらオメェの魔剣、俺様の鱗までは斬れねぇみてぇだわ」
シェラはそう話しながら僕の横に並ぶ。
そして、眉を歪めた。
「俺様はあの速度に負けたのか? 確かに速かったが、負けるほど速ぇとは思わねぇな」
シェラはそう言って、獣人を睨む。
「まぁ、あれより速くなりますからね」
「それはすごいな」
僕の言葉に、シェラそう答えた。
直後、軽い足音と共に、獣人が加速する。
先程とは比べ物にならない速度、生物の反応を軽く超えた速さ、生半可なものでは、おそらく回避はできないだろう。
「油断したニャ!」
獣人はそう叫びながら、突っ込んできた。
狙いはシェラ。
現状、彼女の瞳にはシェラの方が脅威に映っている。
強いものから削る、戦闘戦術の定石だが、今回ばかりは裏目に出た。
ガキンッ
金属音が響き、赤黒い短剣の切っ先が空を向く。
「――っ!」
「油断したのはどっちだい?」
視界の悪い闇の中で、火花が散る。
ディジーの声と共に月明かりに照らされたのは、銀色の直剣と盾を持ち、闇をかける銀騎士だった。
獣人の速度は脅威だ、シェラやディジーは反応が出来ても、僕には無理。
器用な獣人は、剣先の軌道さえも自由自在に操れるだろう。
想像しえない動きは、思考を鈍らせる。
だが、生物ではない銀騎士に、その一切は通用しない。
「――召喚魔術師!」
獣人は牙を剥きながら叫ぶ。
猫目の瞳孔が広がり、怒りを露わにしていた。
「速度、魔剣。確かにルインの言った通りだね。でも、その魔剣はアタシと相性が悪いみたいだ」
ディジーはそう話した後、深呼吸をしてゆっくりと小さく呟いた。
――ヴェルーデ。
直後、ディジーの纏う魔力が重くなり、魔力の粒子が周囲に溢れる。
闇の中で視認できた魔力の粒子は、青白く輝き、美しかった。
――ヴェール・エルキス!
ディジーが叫んだ直後、粒子が四方に散らばり、空間の歪みを生み出す。
その歪みから這い出てきたのは、十数体にもなる銀騎士だ。
「本当に、相性最悪ニャ……!」
獣人は歯を食いしばり、牙を見せる。
その人には怒りとは別に、焦りも生まれていた。
一瞬の判断、それが命取りになる。
迷えば死に、迷わなければ生きていられる。
獣人は後者だろう。
だから、彼女は逃げる選択をした。
踵を返し、背を向ける、走り出せば追いつけない。
だが、一歩を踏み出すことはない、背を向けなければ、回避ができただろう。
凍てつく冷気が場を包み、獣人の膝までを凍らせる。
それは、ディジーの持つ魔剣だった。
細かい氷の粒が宙を舞い、吐く息が白くなる。
――バシフィールの凍結の魔剣。
「――なっ!」
凍りついた自身の足を見て、獣人は声を漏らす。
草木に霜がつき、滴る水滴は凍りつく。
ディジーが持つ魔剣は、そんな効果を保持していた。
「これで逃げられないな? 略奪者」
シェラが指の骨を鳴らしながら獣人に近づく。
動けない獣人が行う行動は予想ができる。
魔剣による自害か、魔剣の投擲。
やるとしたら後者、それを理解してるシェラやディジーなら、万が一投擲の選択だとしても防御か回避が出来る。
僕は近づかず、見守っていればいい。
「このっ……! ――なんだこれ!」
獣人は焦った表情で足を細かく動かし、歯を食いしばる。
迫りくるシェラと、自身を拘束してる氷を交互に見て、さらに強く歯を鳴らした。
歯茎が潰れたか、唇でも噛んだか、口から鮮血が溢れ、獣人は恨めしそうにこちらを睨む。
「睨まないでください、あなたが悪い」
僕がそう話すと、獣人は目を見開き、眉を歪めた。
「ティーちゃんが何をしたニャ……。何もしてないのに、何もしてないのに……!」
獣人はそう叫ぶ、その雰囲気に、シェラさえも後ずさった。
「なんだ、なんか様子が……」
ディジーが小さく呟いた。
そして、その勘は的中する。
「――何が冒険者ニャ!」
見開かれた瞳は、瞳孔が開き切っていて、狂気の色を覗かせる。
「シェラ、ダメだ! 早く殺して!」
「シェラ、一度下がりなさい!」
僕とディジーの声が交差する。
直後、暗い森に、怒りに塗れた声が響いた。
「――お前ら冒険者の方が血濡れだろうがぁぁぁぁぁぁ!」
ピシッ
獣人の叫びと共に、氷にヒビが入る。
怒り任せの力。
それを皮切りに、一瞬にして砕け、鮮血が舞った。
「シェラ!」
シェラの首が斬られ、鮮血が流れる。
彼はすぐに首を抑えたが、傷が深いのか指の隙間から滲み出ていた。
「――がぁっ!」
「エルキス!」
地面に倒れるシェラを見つめ、銀騎士がディジーの指示のもと走り出す。
「ティーちゃんは……負けない。冒険者は……冒険者は…………皆殺しニャ」
獣人はそう低く呟いた。
なぜ、考えなかったのだろう。
なぜ、思い浮かばなかったろう。
略奪者は金品を奪って生計を立てる。
その言葉を、なぜ鵜呑みにして、疑わなかったのだろう。
敗因はそこだ。
もし獣人の彼女が、金品を奪う為に冒険者を殺してるのではなく、冒険者を殺すことが目的なのだとしたら……。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
覚悟を決めた獣人の叫びが夜空を貫く。
その姿を、信念を見て、僕は感じた。
たった一つ……。
獣人はきっと、略奪者じゃない。




