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君に寄り添う六日間、世界が消える一日  作者: 鬼子
第八章:欺瞞

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Episode:3 魔剣

 周囲に冷気が立ち込める。

 吐く息は白く、街道から森まで、凍てつく冷気が流れていた。

 

「左手を失って、黒曜級二人を相手にする気かい? 流石に無茶なんじゃないかい?」


 ディジーは紫色の瞳を細め、獣人(アニマ)の彼女を睨んだ。

 獣人は確かに舌打ちをした、だが驚いたように目を開いてニヤリと笑う。


「そうニャ。おミャいらと戦うのは危険が沢山ニャ。でも、褐樹人(ダークエルフ)のおミャえ、耳がちょっと切れてるニャ」


 獣人が話したその声に、ディジーは左耳を押さえる。

 真紅の鮮血が指を伝い、褐色の人差し指を赤く染める。


「これくらいの傷、戦えない理由にはならないさね」


 ディジーはそう話し、傷を押さえた手を振ると、真紅の雫が宙を舞う。

 

 そうだ。

 損傷だけで優劣をつけるなら、誰が見ても獣人が負けだ。

 片手を失った状態で、黒曜級二人を相手にするのはどうもおかしな話だ。

 だが、獣人の余裕な態度が崩れない。


 獣人は短剣を腰につけた鞘にしまい、雑嚢から懐中時計を取り出す。


「刻ってどう読むんだったかニャ……」


 獣人は懐中時計を見つめながら首を傾げる。

 戦闘中、それも仕掛けた側が鞘に刀身を納め、懐中時計に首を傾げる状況。

 あまりにも異常な状況に、僕たちは目を見開き動けなかった。

 困惑、その二文字だけが脳を支配する。


「よくわからんニャ。でも、ティーちゃんの感覚が覚えてる」


「な、何言ってんだオメェ!」


 左手を欠損してもなお、笑っていられる獣人に、シェラが叫ぶ。

 直後、獣人はディジーを指差してニヤリと笑う。


「当たれば勝ちの魔剣、そう言ったのはおミャえだ。味わうといいニャ」


「殺す!」


 獣人の異常を悟ったシェラが、はじめに走り出す。

 右手に握った大曲剣の切っ先が地面を抉り、重い足音が加速する。


「どうやら、ティーちゃんの速度について来れる奴は、ここにはいないみたいニェ」


 獣人が呟いた直後、懐中時計は空高く投げられた。

 黄金に光る草花の光を反射し、宝石のように輝く……それに、一瞬だけ視界が奪われた。


「――見たニャ?」


 静かな足音と共に、獣人が視界から消える。

 まずい……。

 どこに……。


 光より早い冒険者など存在しない、だから目では追える。

 だが、体がついてくるかは、別の問題だ。


「シェラ、横! よそ見するんじゃない!」


 ディジーの声が響き、シェラは左に視線をずらす。

 シェラが持つ大曲剣の長さは約百七十。

 獣人の身体が範囲に入った瞬間、土煙を巻き上げながら振るった。


「オラァァァ!」


 轟音と共に剣を振るった……だが、それが獣人の身体を掠めることもない。


「――低い!」


 シェラが呟く。

 獣人の小柄な身体。

 さらに姿勢を低くしたとしたら、二百以上身長があるシェラからしたらひどく戦い難い相手である事は間違いない。


エルキス(騎士共)、加勢しな!」


 銀騎士が走り出すと同時に、獣人が持つ短剣がシェラの胸に突き立てられる。

 

「――っぐ! こんの……!」


 シェラが獣人の身体を掴むために腕を伸ばす。

 掴まれば四方から集まる銀騎士で殺せる。

 だが、常に冷静なのは、獣人一人だけだった。


 獣人は、シェラの足を踏み台のように使い跳躍する。

 シェラの身長より高く、早く跳躍した。

 シェラに突き立てたはずの短剣は既に手に握られて、月明かりと、草花の光を反射させていた。


 獣人は空中で身体を捻り、短剣を僕目掛けて投擲した。

 遠心力を武器に打ち出されたそれは、気がついた刻には僕の肩を抉り、鮮血を散らす。


「なんとしてでも殺すんだ! エルキス(騎士共)!」


 ディジーの声が響き、獣人は着地の衝撃を和らげるために地面を転がる。

 立ち上がっても息切れひとつなく、迫り来る銀騎士の剣を、まるで踊るかのように回避していた。


 そして、銀騎士は粒子となって消えた。


「いやぁ、やっと効いてきたかニャ?」


 獣人はそう話しながらディジーを見つめる。

 シェラは地を這い、獣人の足を掴む。


「逃すか……クソ猫がぁ……」


 足を掴むシェラを獣人はゴミを見るような目で見下ろし、ニヤリと笑う。


「死体の癖に喋るんじゃないニャ」


 そして、シェラの胸を蹴りつける。

 傷口から血が溢れ、シェラの顔に苦痛の色が浮かぶ。


 ディジーも既に地面に膝をつき、口から血を吐いている。

 耳が壊死しているのか、紫色に変色していた。


「どうニャ? 血液が毒で侵され、肉が腐る感触は」


 そう言いながら、獣人はニヤリと笑う。

 シェラの手を逃れ、獣人は地面に落ちた懐中時計を広い、ため息を漏らす。


「あんまり、いいものは無さそうニャ。でも、褐樹人、おミャえは魔具の香りがするニャ」


 獣人はそう話しながらディジーに目を向けるが、すでに心臓は止まっていた。

 そんな彼女に歩み寄り、獣人は魔具を物色する。


「お、高く売れるニャァ」


 そう話す獣人を、シェラはただ睨んでいた。

 そして、僕に視線を移す。


「ルイン……ゲホッ」


 僕の名前を呼びながら血を吐くシェラを、僕は見つめた。


「エリクト……アーガスの後……に考えた合言葉だ……。次、……俺様に会ったら、そう言え……俺様に会いに来い!」


 シェラの声に獣人が耳を傾け、歩み寄る。


「なんの話かニャ? ティーちゃんにも教えて?」


 シェラを見下ろし、獣人はそう呟く。

 その言葉にシェラはニヤリと笑った。

 吐血で赤く染まった血が、歯を汚し、狂気にも似た笑顔を浮かべる。


「あぁ、いいぜ?」


 シェラがそう話すと、獣人は少しだけ身を屈めた。

 もう、シェラの体が動かないのを理解しているのだろう。


「くたばれ、クソ野郎」


 シェラがそう話すと、獣人は舌打ちをして彼の身体を蹴る。

 その一撃か、既に限界だったのか。

 シェラは息を引き取った。


「まだ生きてるニャ?」


 そう言いながら獣人は僕に歩み寄ってくる。

 絶命した二人の姿を見ながら、獣人の声に耳を傾ける。


「早く死ねば楽になるニャ」


 そう言いながら、短剣で貫いた僕の右肩を踏み締める。

 横たわる仲間、それを笑って嘲る獣人。


「早く死ねば、またあっちで会えるニャ」


 そう言いながら、獣人はニヤリと笑う。

 その獣人の足を左手で掴むと、彼女は一瞬だけ驚愕の色を浮かべた。


「――っな!」


「――ふざけんなっ……。次、次は殺す」


 その言葉に、獣人は足から手を振り解き、一歩下がる。


「な、何言って……」


 恐怖にも似た色を浮かべる彼女を睨むため、残された最後の力を振り絞って、半身だけ起こした。

 そして、ゆっくりと彼女に指を差す。


「何度……何度……ゲホッ」


 話してる途中で、血が口から溢れる。

 内臓が腐ったのかもしれない、でも、言わなきゃ気が済まない。


「何度……死んでも……僕はお前を……ぶっ殺してやる!」


 その言葉を聞いた獣人の顔は、酷く引き攣っていた。

 直後、全身から力が抜け、視界が黒くなる。

 耳には、小さく声が入った。

 獣人の、怯えた声だ。


「ティーちゃんは負けない……ティーちゃんは負けない……負けたくない! この()()()()()()()()()()()()()がある限りは、負けないんだニャ! 聞いているか、冒険者! 冒険者ぁぁぁぁぁ!」


 獣人のその声が響いた直後、僕の体から命の灯火が消えた。

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