Episode:2 駆け引き
赤黒い短剣が目に入る。
獣人の彼女が持つあれは、異様な魔力を秘めているようにも見えた。
シェラの目は忙しなく動き、情報を集めている。
逃げ道か、作戦か……。
だが、何も浮かばなかったのかシェラは舌打ちを漏らす。
彼女の首に掛けられた銀等級の証。
下から数えれば二番目で、お世辞にも強いとは言えない、ましてや黒曜級二人を相手に善戦するなどあり得ない話だ。
だが、彼女は略奪者、等級章さえも他者から奪ったものだとすれば、彼女の真の等級は不明。
黒曜銀級のシェラと互角に撃ち合う時点で、黒曜級なのは間違いと見ていいだろう。
「どうしますか、シェラ!」
僕は叫ぶ。
目の前には相手の出方を読み合い、動けなくなった獣人の女と、シェラ、そしてディジーがいる。
獣人の女の等級がわからない以上、迂闊に動くのは命取りだった。
直後、獣人の目がこちらを睨む。
そして、草を蹴る音が静かに響いた。
「ルイン!」
シェラの声が響く。
数十歩あったはずの距離は、瞬く間に消えた。
「――早い!」
赤い刀身が輝き、死を悟る。
反応できなかった、今回はここで……。
――ヴェール・エルキス。
ディジーの詠唱と共に、地面から銀色の直剣が飛び出して獣人の短剣を弾いた。
弾かれた直後、体を逸らしながら獣人はディジーを睨む。
転倒直前、獣人の身体が回転し浮いた。
「――回し蹴り、その態勢から!?」
黒い下履きを履いた足が、素早くこめかみを貫く。
脳が揺れ、地面に倒れ込んだ。
「召喚魔術師……相性最悪だニャ!」
獣人はそう吐き捨て走り出す。
狙いは、ディジーだった。
「まずは、魔術師から!」
獣人は短剣を握り直し、ニヤリと笑う。
敵である僕から見ても、彼女の身のこなしは美しく、短剣の軌道も悪くはない。
確実に入った、そう感じた……だが。
ガキン
金属音が響き、再度短剣が弾かれる。
背後や、木、土の中に空間が開き、そこから銀騎士が溢れかえる。
その光景を見て、獣人は舌打ちをした。
「なぁ、それ」
ディジーは獣人を睨み、短剣を指差しながら話す。
「魔剣だろう? 黒曜級二人を目の前に引かないのを見ると、当たれば勝ちの魔剣かい?」
その言葉に、獣人は一歩身を引いた。
「それに、アタシが銀騎士を出した時、アンタはルインへの攻撃をやめた。それだけの強さがあるなら、銀騎士を薙ぎ倒してルインに短剣を突き立てられたはずだ……魔剣に頼りすぎて、長期戦は無理なのかい?」
ディジーがそう話しながら、外套の中の魔剣に手を伸ばす。
そして、ゆっくりと引き抜いた。
「長期戦は無理、確かに合ってるニャ……。でも、
ティーちゃんは覚悟が出来てるニャ」
「は?」
直後、獣人は勢いよく短剣を投げる。
冒険者が、剣士が剣を手放すなどあり得ない、その先入観が、判断を鈍らせた。
銀騎士の間を縫って短剣が進む、かろうじて反応したディジーだったが、耳に少しだけ小さな切り傷を作ってしまった。
重い音を立てて短剣が木に刺さる。
それに視線を吸われた直後、獣人はすでに動いていた。
「――ニャッ!」
声が漏れるほど力み、その状態で繰り出されたのは右の拳だった。
回避は予測していたのだろう、ディジーが体を逸らせば、背後にあった短剣を抜きやすくなる。
そこまで計算して、彼女は動いていた。
高速。
その二文字がこんなに合う冒険者はいるだろうか、銀騎士ですら反応できない速度、短剣を弾いたのはまぐれではないのだろうが、手を抜かれていたのは明白だった。
ディジーが地面を転がりながら回避する。
直後のことだ、周囲が一気に冷え始めた。
起き上がったディジーの手には透き通る氷のような剣が握られている。
「左手、いただくよ」
ディジーがそう呟いた直後、獣人の左手が凍りつき、砕けた。
「魔剣には魔剣を……学ばなかったのかい?」
ディジーはそう話しながら冷気を纏った直剣を構える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
――バシフィールの凍結の魔剣。
直後、周囲の草花が徐々に凍りつき、吐く息すらも白くなる。
獣人の舌打ちが、黄金に輝く戦場に響いた。




