第八話 愚者の旅路-極彩地獄要塞ラヴェンツァ
ハム(私)……この物語の主人公。生まれと頭と性格が悪く、顔は良い。恩人を刺した人でなし。
レオンハルト……ユウシャ。自己犠牲的に、心に闇を抱えたハーレムの女たちに尽くす。
△
『あなたは何のために生まれましたか?』
そう聞かれて応えられる人は多くないのではないのでしょうか。
でも、レオンハルト少年は違いました。彼には騎士道という道があり、自分よりも弱い人をけして見捨てまいと努力していました。誰よりも苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで……努力した。世界と闘った。そういう自負が有りました。
でもまあ、弱者救済なんてあくまでモラル。バカだって本気で貫き通そうとしません。
少年は他の人のように騎士道を外れ......けれど、全てを諦め、堕ちていくこともしませんでした。
少年は青年になり、生きる意義を少し切り詰めました。切り詰め続け、最後に守り抜いていたなけなしの理想が____『惚れた女だけは絶対に守れ』、ということ。そこに至った経緯は彼以外知ることはできませんし、その必要もないのです。
次はそれを愚直に果たそうとしました。
ハムもその救済対象の一人。貧民の港町で見つけた哀れな子。かつての自分と同じ、全てを敵と信じて疑わない目。その目を見た時から、救ってあげたいと思ったのです。同じ境遇の誰を犠牲にしてでも、陽の元で柔らかく笑えるようにしてあげたかったのです。そのために己なりの努力はしてきたつもりでした。歪かもしれないけれども、愛を注いできたつもりでした。
_____対価に見る彼女の寝顔は愛おしかった。
『悔しがるほど……努力してないだろ?』
この失言は自分でも悔いていた。無意識下のおごりが合わさったのだろう。この一言で彼女を失望させてしまった。ハムからは刃という形でソレを告げられた。騎士として、ユウシャとして、なんたる醜態。穴があるなら入りたい。
『だからといって、全てを投げ出していい理由にはならない。』
青年はまた一つ、理想を切り詰める。
『せめて、惚れた女を____幸せにするチャンスをくれないか。』
誰かのために戦い続け。裏切られて、命を奪われて。けれど、そこに微塵の後悔もなかった。真っ直ぐに戦場を見つめるその瞳こそ、正しくユウシャの条件。誰もが憧れる、本当の強さ。
『俺様は死ぬ、だからなんだ。俺様の女たちはそんな現実を乗り越えて、いつか笑える強さを持っているぞ?』
誰よりも人を信じ、誰よりも人を恨まず。己の使命を遂行せよ。
『全マ力解放___聖剣よ、我らを守り賜え!』
△
聖剣による絶対防御の持続時間は三分。内部からは音も何も聞こえないが、防御が解除される時をクラリティたちは虎視眈々と待っているだろう。
ハムはレオンの答えを待っていた。そうでなくとも何かしらのアクションを。足を引っ張る形になった。血が上りすぎて視界が赤い。握りしめた拳に爪が食い込み、血が垂れる。沈黙が後数秒続けば気が狂うという確信があった。
レオンがハムを責めるなら、怒りの限りにぶちのめしてくれるなら。それはすごく楽な結末だったろう。でも、彼はただ笑って抱きしめて。
「ったく、俺様を助ける必要なんて無いに決まってるだろうに。ちなみに、最初俺様を刺したのは___何故なんだ?一応確かめておきたくてな」
丁寧に問いかけた。彼の穏やかな眼は、狂乱に逃げることも許されない。肩を上げて縮こまって、胸のうちを、ゆっくりと吐き出す。
「私は、あなたたちに救われた。自分でいうのも何だけどたくさんの努力してきたつもりだったの。でもそれは何一つ報われなかった。褒めてくれる人さえいなかった。___あなたたちが来るまでは。」
愚者の目に涙ばかりが溢れる。自分はきっと特別になる必要なんてなかったと分かった。『頑張ったね』と声をかけてくれる人がいた。それだけで、■■■■"として過ごした負債を忘れ、幸せな今世をまっとうする気になれた。
でも、結局これまでになげうったものが忘れられなくて。
「だから、そのあなたに。努力を否定されたのが許せなかった。あなただけには、私の努力を否定されたくなかった。」
努力なんてみんなしている。報われないのが常と知りながら。……だからこそ、私の努力を賞賛してくれた人が何より嬉しかった。それが消えるのが耐えきれなかった。
「1から10まで単なる我儘なの。……ごめん、納得できる理由にはならないでしょ?」
そう言いつつも、伏せ目にレオンを見つめる。
「___そうだな。お仕置きスパンキング100連発と行きたいところだが……時間がないしな….はっ、はっ、はっ。」
逞しい体からすっかり血気が失われ、唇はチアノーゼを起こし、瞳孔は拡大、死戦期呼吸が始まる。嘘でも否定できない、もう、どうしようもなかった。
「___それも含めて、俺の咎だ。最後に、お前を、幸せにするチャンスをくれ。俺に、聖剣を突き立てろ。それで聖剣の所有権はお前に移る。」
ハムは自分の耳に届いた言葉を疑った。この期に及んで、この青年は愚かな私以外のモノを救おうとしているのか。もう、重すぎるものをもらってしまったのに。
命をもらった。居場所をもらった。過去をもらって、仲間をもらった。そして、未来まで。
「今のお前じゃ勇者になってもマ王には勝てんだろう。だから、取り入れ。俺様の女どもを傷つけるなよ。それから……すまん、頭が回らん。」
青年の言葉は途切れ途切れで、少女はそれに応えることもできない。彼の弱々しくなっていく手の温もりだけが、深く刻まれていく。
「どうして….。」
心が、一丁前に悲鳴をあげていた。
重すぎるよ、そんなの。そう言う権利はもう彼女にはない。自業自得だ。
せめてごめんなさいと言いたかった。それすらも許されない。自業自得だ。
時間を巻き戻したかった。そうすれば青年は死なないだろう。でも現実として、青年は少女の腕の中で死んでいく。少女の自業自得だ。
「恨んで!呪って!地獄に堕ちろって!そんなモノ背負えない!あなたの命なんて背負えない!そうじゃないと、そうじゃないと……死ねない!」
「わたし、死ねなくなっちゃう!」
……
……
『何を都合のいいことを言ってる、このメスブタは?』
……
……
自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。
自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。
自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。
自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。
自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。自業自得だ。
二世で初めての友との友情を失ったのも。これから命を失いかけているのも。そもそも、前世に不幸になったことすら自業自得だ。突き詰めて自業自得だ。
少女は誰もいないところで、勝手に不幸になっていれば良かったのだ。それがお似合いで、当然の宿命だ。こんな人間が存在することは許されていいはずがない。
「そうだ……、私……あなたに死んでほしいと思ったことがあるのに。好きで、好きで、恩人で。宇宙より大切なのに。でも、妬ましくて。……どう?私を殺したくなった?」
少女は哀願する。
最期に青年は微笑んだ。その笑顔に一切の影はない。
悪意はない、けれど楽になることは許さない。
「頑張れ。幸せになってくれ。」
世界で最も残酷なエールを送る。
選択肢なんてもはや無い。少女は青年のいのりを受け継ぐしかない。
どれだけ辛くても、生きる道があるのなら。己の信じるもののために走り続けるしかない。それがヒトに生まれたということだ。
△
こうして、
最も気高い魂が天上へと飛び立ち。
最も業深き勇者が生誕した。
△
解ける。気高き勇者が残した最後の守りは、胎盤のように解けて溶けて融けていく。
中から現れた少女は、明らかに薄汚くて。顔つきからして浅薄な、卑しい雌豚。
けれど豚は背負っている。あまりにも、重い剣を。




